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2019年6月 6日 (木)

嫁の持参金は夫のものか?〔2〕(近世日本の場合)

 〔1〕では、古代ローマ法における嫁資の規定を取り上げました。

 その記事のきっかけとなったのは、他サイト様の記事に触発されたことと、その時たまたま下記の書を読んでいたことが重なったからです。 

磯田道史『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』新潮新書2003年4月、p.92
 また、武家女性は、生涯にわたって、実家との絆が強い。お嫁にいって七年とか十年たつのに、猪山家の娘たちは、実家の父と弟から「給料日のお小遣い」を毎年もらっていたのである。そればかりではない。夫と妻の財産は、むしろ我々よりも明確にわかれていた。猪山家の家計簿にも、直之が「妻より借り入れ」と書き込んだ箇所がある。つまり、直之の妻(お駒)の財産は、猪山家財産とは別会計になっており、夫婦であっても借金をする形になっている。ただ、さすがに利子は取っていない。

 今回も下記の記述にたまたま出くわしましたので備忘として記事化しておきます。分析は〔3〕で試みます。念のためメモしておきますと、前者は19世紀前半の北陸、後者は16世紀末の西日本の記録です。

ルイス・フロイス(岡田章雄訳)『ヨーロッパ文化と日本文化』1585年、岩波文庫版1991年6月、pp.48-9
30 ヨーロッパでは財産は夫婦の間で共有である。日本では各人が自分の分を所有している。時には妻が夫に高利で貸付ける。
〔訳註〕鎌倉時代に武家の女性は婚姻の際、父母等から化粧料、装束料などという名で所領を与えられたが、これは一期分として、その死後(二期の後)は実家の総領の手に帰するのが通例であった。夫婦が財宝を別にするこの慣習が残っていたので、妻の持参田畑は粧田、持参金は敷金、まだは敷銀、敷銭などといわれた。夫がそれを借りることもあったのであろう。

 

〔3〕へ続く。

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