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2019年7月13日 (土)

デフレギャップの正体(Identity of deflationary gap)(2)

 もし、私の(1)のモデルが正しいとすると、それから幾つかの重要な含意(implication)が得られます。

1)デフレ・ギャップの根本は、利潤が存在することである。
2)しかし、ビジネスデモクラシー(business democracy)を支持するなら、企業や資本家の利潤追求行動を否定できないし、企業者的な創意工夫は尊重すべきである。
3)資本家の新投資は、デフレ・ギャップを埋める経済行為だが、各資本家の分散的な意思決定の下で、事後的にしか有効需要の過不足は判明しない。
4)したがって、デフレ・ギャップが発生する可能性に対処する政策が必要となる。

 しかしながら、現在の膨大な累積する政府債務(約1000兆円)を念頭に置くと、政府投資によるデフレ・ギャップ対策は躊躇されます。そこで出てくるアイデアの一つが、政府通貨です。通貨発行権限を中央銀行から中央政府に移管して、財源の問題を解消するわけです。では、その政府通貨を使ってどういう形でデフレ対策とするかというと、BI(Basic Income 基礎所得補償)として直接、国民に支給することが考えられます。これは「投資」的支出とは異なり、次期以降の社会全体の産出能力(や生産性)を引き上げることはありませんので、長期的にみてもデフレ・ギャップ対策として適切と考えられます。

5)政府通貨によるBIは、デフレギャップが存在する経済循環では、当然インフレ要因にはならないし、次期の国民経済の産出能力増強にも貢献しない、理想的な対策である。
6)しかし、経済循環が破綻なく循環しているなら、期末において、各企業、各資本家の手許に、当期利潤(内部留保)が政府通貨の形で実現する。だから、次期にそれが支出されれば(例えば、企業の新投資の原資として)当然、有効需要として現れる。
7)たまたま、この企業の新投資が活発になると、BIによるデフレ・ギャップ対策と重なり、有効需要が過剰となり、インフレ・ギャップとなる危険性がある。
8)したがって、このBIも弾力的に政策的増減できることが望ましい。
9)BIにも基礎的・固定的部分と、変動的・追加的部分を設定することで、政策的弾力性をもたせることは可能。
10)しかしながら、国民(有権者)が、BIとして既に手にしている前期金額の減額を、たとえ変動的部分とはいえ(たとえ合理的根拠があるとはいえ)、すんなり受け入れるかどうかは、予断を許さない。つまり、理論的に可能でも、政治的に可能かどうかは、別問題である。
11)そうなると、BIの基礎的部分が拡大され、追加的・変動的部分が縮小される、という政策的変更もあり得る。
12)すなわち、長期的にみて、結果的にBIが年々膨張していく危険性もある。
13)膨張したBIは、社会全体として、企業の内部留保(利潤)の形で実現し続ける。

 こうして、政府通貨によるBIは、短期的なデフレ・ギャップ対策としては非常に有効でも、長期的にはむしろインフレ・ギャップの恒常的温床となる危険性もあります。

 ただし、以上の議論は、金融・信用、技術革新という側面や、少子高齢化、ピーク・オイルという長期的側面は全く考察から外していますので、この件に関しては、稿を改めて検討することにします。

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