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2019年11月14日 (木)

コール(G.D.H.Cole)への、ある回想

 言葉は、人から発せられますが、一旦発せられると、当の人物とは別の運命を辿ります。以下はその一例。

 コールといえば、日本では社会主義思想史や労働運動史などの著作で有名だが、オクスフォードの「社会政治理論」教授であり、論壇で活躍し、労働党の政策決定に関与し、社会教育にも従事し、じつに多作で、探偵小説も書いている。八面六臂の活躍をした左翼のヒーローであった。憧れのコール先生に面談できるというので、1930年代の後半、胸をいっぱいにして研究室を訪ねたハバカク青年にたいして、どうしたことだろう、コールは最悪の印象しか残さなかった。当然ながら忙しいとしても、エリート臭の芬々たる所作、偉ぶった態度‥‥。ハバカクの論文から伺われる人柄は、感情や政治性をあらわにすることなく淡々と事に即した実証研究をこなしてゆく、大人の研究者である。そのハバカクが、60年あまり後、初対面の日本人に述懐したのは、かなり率直で辛辣なコール評であった。
Sir John Habakkuk(近藤和彦「幸運な遭遇」より)

 上記の Sir John Habakkukの Cole への回想で思い出すのは、ミハイル・バクーニン(Mikhail Alexandrovich Bakunin)が第一次インターナショナルで出会ったときのカール・マルクス(Karl Marx)への酷評です〔註〕。creator とその creations は一応切り離して考えてみるべきだ、ということなのでしょう。

〔註〕下記を参照。
バクーニン著「インタナショナルの政治」「鞭のドイツ帝国と社会革命」。ともに、中央公論社『世界の名著』第42巻「プルードン・バクーニン・クロポトキン」1967年、所収。

〔参照〕ある意味、「王」の知られざる一面を知ったということにもなるでしょう。下記もどうぞ。
山口昌男と二人の王: 本に溺れたい

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