夏目漱石『こころ』1914年岩波書店
ふとした気まぐれで、漱石の『こころ』を読みました。恥ずかしながら、初めての『こころ』体験です。
◆今回読んだ版本
初版の縮刷版を昭和58年に岩波書店自身が復刻したものです。漱石の「序」によりますと、この版の装丁は全て漱石自身の考案、筆にかかるものだということです。具体的には、箱、表紙、見返し、扉、奥付の模様、題字、朱印、検印、すべてです。
表紙には、康煕字典からの「心」の項が引用、デザインされています。※ オレンジ色の表紙装丁は何処からとったのか、金石文をあしらった凝ったデザインになっています。
※この件は、NAMs出版プロジェクト: 漱石と荀子:メモ、に詳しい情報が記載されています。
見返しには、ラテン語で、「 ars longa, vita brevis 」と朱色で印された篆刻?風ハンコ様のものがあります。「芸術は長く、人生は短し」という格言ようです。
◆内容
内容は三つに分かたれます。上「先生と私」、中「両親と私」、下「先生と遺書」です。元来は、四か月連載の新聞小説(東京/大阪朝日新聞)です。
予告では、『心』なる短編集の第1部となるはずのもので、連載時の題名は『先生の遺書』でした。しかし、書きながら、これは簡単に終わらないな、と思ったらしく、短編集構想は断念され、『先生の遺書』として書き終えたこの連載小説(元の構想の第1部)での出版を決意した、とあります。で、この単行本に『心』と題することにした、とも言い訳しています。
そういう屈折した経過が背後にあるせいか、この初版本は、本表紙『心』、背表紙『こヽろ』、内題『こころ』、箱の背表紙/タイトル『心』、意味不明のてんでバラバラのタイトルになっています。
「先生と私」は、《私》と《先生》の邂逅とその後の展開を秘めた部分になります。「両親と私」は、《私》の帰省中における家族との挿話の中に、明治天皇の崩御、という大事件が差し挟まれています(復刻版p.159,p.165)。これは漱石のこの綿々とした内省的な小説が外部とつながる唯一の特異点のようです。「先生と遺書」はこの小説の半分の分量を占めています。遺書ですので、これ全て《先生》のモノローグです。
◆読後感
正直言いまして、読み通すことが苦行でした。日本の近代文学の傑作、と人々が口々に言うので、読んでおかなくちゃ、という義務感から読了しただけです。
小説中の、語彙、言い回しには、百年の落差を感じることができましたが、文体そのものには、ほとんど違和感はありません。漱石の文体において近代日本語の書き言葉はフォーマットを得た、というのも頷けます。ただ、漢字の当て字がとても多く、読めないこともままありました。
私がこの小説を読むのに難儀した最大の理由は、漱石の描写する「ああでもない」「こうでもない」という内省的、倫理的な彷徨に辟易したからです。《「男」の腐ったの》みたいな、グチグチした心の呟き。これが私には肌が合いませんでした。
この小説の登場人物で、私が同情を禁じえなかったのは、《お嬢さん(後の先生の奥さん)》です。なにしろ、彼女は何の咎もないのにも関わらず、《K》《先生》という彼女の周囲にいた男二人の「死」に巻き込まれてしまうのですから。
この小説の三人の男性、《私》《先生》《K》は、結局、それぞれが漱石のキャラクターの分身だと思います。ということは、この小説の読み手は、ああでもない、こうでもない、とあっちに引っ張られ、こっちに引っ張り回された挙句、漱石の《こころ》の葛藤を読まされていることになります。これが私にはたまりませんでした。
私の大好きな文学評論、三島由紀夫『文章読本-新装版』 (中公文庫 (み9-15))には、夏目漱石の一言半句も出てきません。その理由がようやく納得できました。その反面に、三島が森鴎外を激賞するのも了解できました。一見した文体や欧州滞在の長さから、漱石が西欧風で鴎外が東洋風な印象がありますが、これは全く逆です。漱石はかなり儒教的(朱子学的)でお説教臭く、鴎外は欧州的なコンテンツを漢学のプロトコルで表現したもので十九世紀欧州思潮的(バタ臭い)とみなしたほうがよさそうです。私の余生おいて、「文学の楽しみ」として漱石の小説を読むことは今後なさそうだと実感しました。thinkerとしての漱石は別ですが。
※夏目漱石『こころ』1914年岩波書店〔補遺〕: 本に溺れたい
※悲しみは《こころ》を解き放つ/ It is sadness to release the bound heart.: 本に溺れたい
※漱石『こころ』はゲイ小説である: 本に溺れたい(追記20200619)
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