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2019年12月24日 (火)

漱石作品に見る近代日本人の《立場主義》化

 経済学者安冨歩氏の近著に『満洲暴走 隠された構造―大豆・満鉄・総力戦―』角川新書2015年、があります。その、pp.175-7に興味深い記述がありました。

 日本の中世末期から近世を通して、列島の人々の思想と行動を「家」の観念が律してきていました。ところが維新政権による徴兵制の導入によって「家」が有名無実化します。それを見越した大村益次郎が、人々の忠誠心の対象だった「家」観念の代替物として創出したアイテムが東京招魂社(のちの靖国神社)である、と安冨氏は指摘します。この二つの装置、《徴兵制+靖国神社》によって19世紀末から20世紀初頭にかけて「家」観念のかわりに近代日本人の行動を制御することになったのが《立場主義》だと言う訳です。

 その際、《立場》なる語彙を現代日本人と同じ文脈で使用し、普及させたのが、夏目漱石である、と続けているのです。とりわけ、漱石の遺作、『明暗』に「立場」が多用されていると言います。

 そこで少し調べてみた結果が下記の表です。漱石作品の主なものを年代順に拾い、その作品の中で、「立場」なる語彙が何回出現したかをカウントしました。電子テキストは、青空文庫様のものを利用させて頂きました。青空文庫様、ありがとうございました。

題名 発表年 回数
吾輩は猫である 1904 M38 2
坊っちゃん 1906 M39 0
草枕 1906 M39 0
二百十日 1906 M39 0
野分 1907 M40 1
虞美人草 1907 M40 0
三四郎 1908 M41 0
それから 1909 M42 6
1910 M43 0
中味と形式 1911 M44 0
彼岸過迄 1912 M45 2
行人 1912 M45 2
私の個人主義 1914 T3 0
こころ 1914 T3 5
硝子戸の中 1915 T4 0
道草 1915 T4 7
明暗 1916 T5 16

 上掲の表から、安冨氏の指摘に対応する事実はありそうです。ただこれは安冨氏も言うように、漱石が《立場主義》を作り上げたという訳でなく、明治・大正の日本社会に蔓延しだした《立場主義》的な心性を、漱石の鋭敏な感受性が触知して作品世界に再構成して見せた、と言うことであると思われます。

 日本思想史家の故尾藤正英氏は、中世の「職しきの体系」から近世の「役やくの体系」への遷移を構想されていました。「役の体系」はある種の機能主義でしたから、尾藤氏は江戸期は近世と言うより、近代(初期近代 Early Modern)と呼ぶべきだとも主張されていました。この説を敷衍するなら、近代の「立場の体系system」は、江戸期の「役の体系system」から遷移(進化?)したものと考えることも可能でしょう。

 となると、安冨氏の言う《立場主義》は、大日本帝国や満州国の暴走と崩壊の原因にもなりましたし、19世紀後半から20世紀初頭の列島社会の近代化や、20世紀半ばから後半にかけての列島の高度経済成長にもポジティブに作用したとも言えそうです。

 日本近現代の「立場主義」は、人間の思考と欲望を《水路付け canalization》して、個人に組織の仮面をかぶらせることで、自己判断としての責任倫理の心理的圧迫から個人を解放し、爆発的なエネルギーを引き出しますが、それは同時に、個人の行為から発生する《責任倫理》からの免責も意味し、普通の人々を徹頭徹尾、鉄面皮にする危険もあります。そこには、吉野源三郎がコペル君に語る、

「人間である限り、過ちは誰にだってある。そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。しかし、コペル君、お互いに、この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲み出してゆこうではないか、正しい道に従って歩いてゆく力があるから、こんな苦しみもなめるのだと。」君たちはどう生きるか (岩波文庫)

という言葉に共感できる心性は残らないでしょう。丸山真男の「無限責任の無責任」も同じ事態を指していたのであろうかと思われます。

 「立場主義」の心性史的成立過程、その機能やメカニズムについては、さらに検討が必要と思われますが、それは別の機会とします。

※参照
ヴァルネラビリティを巡る、パスカル、レヴィナス、吉野源三郎(Pascal, Levinas and Yoshino Genzaburo On Vulnerability): 本に溺れたい

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