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2019年12月 3日 (火)

環境問題と儒家思想

 梁漱溟(りょうそうめいLiang Shu ming1893-1988)という人物がいます。二十世紀の新儒家の魁と位置される思想家です。

 彼は、仏家として出発しましたが精神的変革があり、儒家となり、動乱の二十世紀前半中国において、〈郷村建設〉運動という実践運動に身を投じました。二宮尊徳を尊敬した人物でもあります。新中国後、大躍進運動を農村の立場から批判したために、文革時、吊し上げられたりしました。

 彼はその回顧のなかで概略こう言っています。儒家の見直し始めたとき、最も違和感をもったのは、仏家ではこの世は悲しい、つらい、ということばかり言うのに、儒家ではこの世は楽しい、楽しい、とばかり言っている。そのギャップに戸惑った、と。

 中国の伝統思想というと、先入観で、「自然と調和」、「親エコロジー的」と思い込みがちです。しかし、少なくとも儒家に関しては、その自然観の核心は、かなり「文明優位」「人為礼讃」であり、なかなか強烈な「世界はすべて人間に奉仕するためにある」というものであるように思います。

 儒、仏、老は、中国人の思惟の三点セットのようなものですが、ひょっとすると彼らは、骨がらみの開発論者である可能性がある、と私は懸念しています。

参照
古代中国の環境破壊: 本に溺れたい

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