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2020年1月 8日 (水)

漱石『こころ』はゲイ小説である(追記2020/06/19)

 憤激される方はいらっしゃるかも知れませんが、この小説文中の章句を見ればそれ以外に解釈の仕様がない、と私には思われます。

①「私は死ぬ前にたつた一人で好いから、他(ひと)を信用して死にたいと思つてゐる。あなたは其たつた一人になれますか。なつて呉れますか。」復刻版pp.123-4、「先生と私」より

②「…。あなたが無遠慮に私の腹の中から、或生きたものを捕(つらま)へようといふ決心を見せたからです。私の心臓を立割つて、温かく流れる血潮を啜らうとしたからです。…。私は今自分で自分の心臓を破つて、其血をあなたの顔に浴せかけようとしてゐるのです。私の鼓動が停まつた時、あなたの胸に新しい命が宿る事が出來るなら満足です。」復刻版p.228、「先生と遺書」より

①は、「先生」の《求愛》、②は、「先生」の《エロスとしての愛と惜別の辞》です。

 大橋洋一編訳『ゲイ短編小説集』1999年(平凡社ライブラリー)に入る資格が、十分すぎるほどあります。

※すぐに、『こころ』を読みたい方は、青空文庫様の
夏目漱石 こころ
まで、どうぞ。

※恥ずかしながら、私の現在の『こころ』への所感は、下記をご参照。
夏目漱石『こころ』1914年岩波書店: 本に溺れたい

※「私」と「先生」の恋愛模様、追記します。いずれも、青空文庫様の、夏目漱石 こころ、「上 先生と私」、から引用します。(2020/06/19)

十二 
「君は恋をした事がありますか」
 私はないと答えた。
「恋をしたくはありませんか」
 私は答えなかった。
「したくない事はないでしょう」
「ええ」
「君は今あの男と女を見て、冷評ひやかしましたね。あの冷評ひやかしのうちには君が恋を求めながら相手を得られないという不快の声がまじっていましょう」
「そんなふうに聞こえましたか」
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋は罪悪ですよ。わかっていますか」


十三
 我々は群集の中にいた。群集はいずれもうれしそうな顔をしていた。そこを通り抜けて、花も人も見えない森の中へ来るまでは、同じ問題を口にする機会がなかった。
「恋は罪悪ですか」とわたくしがその時突然聞いた。
「罪悪です。たしかに」と答えた時の先生の語気は前と同じように強かった。
「なぜですか」
「なぜだか今に解ります。今にじゃない、もう解っているはずです。あなたの心はとっくの昔からすでに恋で動いているじゃありませんか」
 私は一応自分の胸の中を調べて見た。けれどもそこは案外に空虚であった。思いあたるようなものは何にもなかった。
「私の胸の中にこれという目的物は一つもありません。私は先生に何も隠してはいないつもりです」
「目的物がないから動くのです。あれば落ち付けるだろうと思って動きたくなるのです」
「今それほど動いちゃいません」
「あなたは物足りない結果私の所に動いて来たじゃありませんか」
「それはそうかも知れません。しかしそれは恋とは違います」
「恋にのぼ楷段かいだんなんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たのです」
「私には二つのものが全く性質をことにしているように思われます」
「いや同じです。私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。・・・。」

・・・・・・

「しかし気を付けないといけない。恋は罪悪なんだから。私の所では満足が得られない代りに危険もないが、――君、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか」
 私は想像で知っていた。しかし事実としては知らなかった。いずれにしても先生のいう罪悪という意味は朦朧もうろうとしてよくわからなかった。その上私は少し不愉快になった。
「先生、罪悪という意味をもっと判然はっきりいって聞かして下さい。それでなければこの問題をここで切り上げて下さい。私自身に罪悪という意味が判然解るまで」
「悪い事をした。私はあなたに真実まことを話している気でいた。ところが実際は、あなたを焦慮じらしていたのだ。私は悪い事をした」

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