漱石と近代日本語文体
漱石の文体が何故、近代日本語の書き言葉(written language)のフォーマット(format)になり得たのか、を考えます。とりあえず、思いついたことを書いておきます。
1)「現代生活 modern life」を表現可能な日本語の書き言葉を創出し、その範例を示した。
2)新聞小説という形式が、識字層への《用例集 corpus》として機能した。
3)当時、新聞が読まれる形式には、教養層の「黙読」習慣とともに、普通の人々(common people)の音読習慣、あるいは家の中における「読み聞かせ」習慣、が重層的に生きていた。漱石は、かつての江戸の町名主層に生を享け、里子/養子経験もその階層間の移動だったので、普通の人々の《言語生活-圏》を熟知しており、読者層を意識した market-oriented な志向で、小説を書いた。
4)徳川期までは、教養層における書き言葉には、和文において敬語の体系が構造化、埋め込まれていた。そのため徳川19世紀の社会の流動化(垂直的/水平的)による「処士横議」の書き言葉としては、むしろ(敬語がない)「漢文」「書き下し文」「漢文脈」文が選好され、それが明治初期から中期の教養層における書き言葉としてフォーマット化(formating)した※。しかし、普通の人々における書き言葉としてはフォーマット化しずらく、言文一致運動が展開した。その際、書き言葉の言文一致は、教養層出身の識者たちのアプローチでは、漢文書き下し文からの口語化を探るものが主流であった。一方、普通の人々の口頭 oral な世界からの言文一致は、徳川期の庶民文芸(庶民の言語生活圏)としての、俳句、狂句、狂歌、落語、講談、戯作からのアプローチが必要で、 educated された庶民層という身分 status の漱石がその作業に適任だった。
※この件については、前田勉「江戸期の漢文教育法の思想的可能性 ―会読と訓読をめぐって― 」2015年11月、参照
前田勉『江戸の読書会 ―会読の思想史― 』2018年平凡社ライブラリー(No.871)、p.429付論として収録
以上、当座の備忘録としておきます。
| 固定リンク
« 漱石『こころ』はゲイ小説である(1) / Soseki's Kokoro is a gay novel (1) | トップページ | 因果律と論理(the universality of causation and logic)〔改訂増補20200114〕 »
「近現代(modernity)」カテゴリの記事
- 対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案(昭和十六年十一月十五日/大本営政府連絡会議決定)/Japan's Plan to Promote the End of the War against the U.S., Britain, the Netherlands, and Chiang Kai-shek 〔November 15, 1941〕(2024.06.02)
- 自由と尊厳を持つのは、よく笑い、よく泣く者のことである(1)/ To have freedom and dignity is to be one who laughs often and cries often (1)(2023.06.05)
- 「ノスタルジア」の起源(2023.05.08)
- Origins of 'nostalgia'.(2023.05.08)
- "das Haus" as an outer shell of an isolated individual(2023.05.07)
「言葉/言語 (words / languages)」カテゴリの記事
- Words, apophatikē theologia, and “Evolution”(2024.08.26)
- 変わることと変えること/ To change and to change(2024.02.16)
- 「ノスタルジア」の起源(2023.05.08)
- Origins of 'nostalgia'.(2023.05.08)
- 夜の言葉(アーシュラ・K・ル=グイン)(2022.04.22)
「夏目漱石(Natsume, Soseki)」カテゴリの記事
- For what purpose does our country go to war?, by Akiko Yosano, 1918(2022.05.19)
- 小説「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子/1984年)①(2021.09.10)
- 漱石『こころ』はゲイ小説である(2) / Soseki's Kokoro is a gay novel (2)(2020.11.03)
- 漱石に息づく《朱子学》/ Cheng-Zhu living in Soseki(2020.09.24)
- 悲しみは《こころ》を解き放つ/ It is sadness to release the bound heart.(2020.06.17)
コメント