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2020年2月25日 (火)

鹿児島駅8時38分発 わが心の集団就職列車

 なんとはなしに、表題の記録映画をもとに製作されたテレビドキュメンタリーを見ました。

 1999年3月頃の放送、といいますから、この制作年代がすでに今から20年も前になります。その時点から、40年前の話です。1950年代後半、の「金の卵」と呼ばれた、中学卒業と同時に工業都市を目指す集団就職の模様を、鹿児島県庁が広報用に記録映画として制作した、とのことです。

鹿児島駅8時38分発 わが心の集団就職列車 - YouTube

※上記の元となった記録映画がYouTube上に既に投稿されていました。(2020年2月27日、19:20追記)
就職一年生(昭和34年制作) - YouTube

 平成天皇となる明仁親王・正田美智子妃の結婚が、1959(昭和34)年。1960年には、60年安保。三井三池炭鉱争議。池田内閣の所得倍増計画。

 池田勇人は所得倍増をぶち上げましたが、真面目にそれを信じていた政治家も経済学者も実はいませんでした。池田のブレーンだった下村治を除いて。皆、眉に唾して池田の話を聞いていたのです。

 従いまして、日本全体で工業部門に向けて、労働への強烈な超過需要が発生していたわけではありません。むしろ、フィルムにもありましたように、各地方では、若年層の過剰人口があり、その解消(捌け口)として県庁が音頭を取って積極的に地方から都会へ15歳の少年少女を送り出していました。

 しかし、それにしても、薩摩は「明治維新」の実現させた実行部隊で、そのリーダーたちは、東京で「維新新政府」の顕官に登りつめているのに、それを送り出した故地は、最低レベルの県民所得で、行き場をなくした若者で溢れたまま。これを地元民は、不思議に思わないのか、とそのことが改めて不思議です。

※本記事の続きがあります。
密貿易と「開国」、そして「維新」: 本に溺れたい

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