近代の驕り Arrogant Modernity
「最善 best」や「最適 optimum」なるものがこの「世界 world」に存在し、人間はそれを手に入れることができる。これは、近代の驕り(Arrogant Modernity)だといえないでしょうか。
困難でも最善を求め努力することと、あたかも神の視点から最善手の存在を予定してしまうことは、見た目は似てますが、本質的に異なることです。
一つの環境相には、多様なタイプの生物が生存可能です。つまり、一つの環境相に最適な種は1つとは限らない。そのうえ捕食-被食関係を通じて、それらの種の population は調節され、通時的には複数種の個体数分布の(相対的)安定が回復されます。捕食-被食関係さえもその相の一部だということになります。
人間を含む、卑小な生物個体から見た「世界」は無限と言うべきサイズです。その「世界」に対して当然のごとく最善手を入手可能と想定するのは驕りであり、「これが最善手だ」と言うなら、それは自らを神に擬するに等しいでしょう。仮に最善手だと信じても、それは己の切り取った(切り取らざるを得なかった)ミニマル minimal な《局所的な世界 local world》の最善手なのだ、という慎み modesty が必要でしょう。それこそが本当の「品格」です。
この数十年間のグローバリズム礼賛論者たち( or TPP推進論者たち)に最も欠けていたものこそは、この「品格」です。そしてその慎み modesty の無さの一つの帰結が、現状のコロナウィルスによる「疫病」だと思います。
※本記事の英訳は、下記です。
Arrogant Modernity: 本に溺れたい(2022)
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