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2020年3月15日 (日)

社会のアブダクション装置としての司法 law as a device of social abduction

 法の基礎異論、と言えば普通は、「法哲学」or「法理学」を指します。しかし下記の著者は。全く異なる角度から法の基礎について考察します。

平井宜雄『法政策学 第2版』有斐閣(1995年)

「すなわち、因果法則を用いない以上、紛争当事者の一方を他方と比較してどのように扱えば、「公平」か、あるいは「正義」に適うか、という規範的判断に依拠するほかない。たとえば、「資源なき第三者」は、紛争をあたかも病気のごとくに位置づけ、病気の原因は何かを調査し、当事者の一方または双方のどの部分に原因があるのかをつきとめ、その原因を除去する、という思考様式に立つことができない。それは、当事者と当事者を全体として比較する思考様式ではないから、一方のみに偏した、「公平」でない判断として受けとられ、紛争解決の役割を果たさないからである。」本書、p.17

 著者は民法学者ですが、幾多の法哲学者や憲法学者よりよほど本質的な「法の基礎理論」を記述していると思わざるを得ません。複数の異なる人間が暮らす社会では、何らかの葛藤/対立不可避であり、その紛争解決の装置「法」「裁判」です。それが機能する十分条件をみごとに解析した著者は、我が国が世界に誇ってよい「法の基礎理論」家と評価すべきです。

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