決定論の起源 The origin of determinism (2結)
(1)からの続き。
愛と憎しみは、実は同じものです。対象への強い執着という点で。しかし、その表れはまったく逆のベクトルを指し示します。「愛」は、対象との一体化=肯定へと人を導き、「憎」は、対象の拒絶=否定へとひとを駆り立てます。
それが親への愛憎であれば、前者は、自己を含めた過去の全面的肯定となり、後者は自己を含む全面的否定※となります。
※ 「ユダヤ人的自己憎悪」Der judische Selbsthass (Theodor Lessing/1930)、という言葉は、この辺の消息を伝えるでしょう。
そして、自己を含めた過去の全面的肯定は、決定論と親和的であり、自己を含む全面的否定は非決定論と親和的と言えます。J.S.Millのような自由主義思想家の、とりわけ父親の頸木からの解放(無意識における「父殺し」)を経る、自己の回復と自律的自我形成という家族史の一齣が、M.Weber や W.James といった思想家にもみられるのは象徴的です。西欧における父親の家族支配(強烈な父権至上主義)はかなり根深いものがあり、私たち日本人が書物を介して受容する西欧思想の精華、自由/平等/友愛、とは実は似ても似つかないものです。19世紀半ばに徳川日本を訪れた欧米人が、子どもの自由奔放さ、それを許容する大人たちの様子をみて「日本は子どもの天国だ」と評したのは、リップサービスというより自らの子ども時代との比較からくる羨望によります。
「神」は、すなわち「父」であり、それは「支配」を象徴します。そして「過去」としての「父」は無論「未来」をも支配する。自己の身体感覚に食い込む、愛憎まとわりつくこの「支配者」へのambivalence。「恭順」と「抗い」への葛藤、あるいは魂の分裂、二律背反 antinomy。このことが、「決定論」(あるいは「非決定論」)という主題が、あたかも哲学、自然科学の根本命題として、繰り返し西欧人に問われざるを得ない形而下的(身体的 physical)理由です。なぜ執拗に彼らを悩ませのるか。愛する(べき)者を、実は憎んでいた。彼らがこの事実を直視できないからです。それが、彼らの権力の隠喩が「民を守る王=家族を守る父」となり、日本の《君主》である禁裏(天皇)が、「民に守られる王=日本の文化遺産」とイメージされる一つの理由でもあります。
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