「進歩教」の「楽園」、すなわち「未来」/The future as an imitation of the Paradise
20世紀の新儒家・梁漱溟(Liang Shuming)は、仏教徒として青少年期を過し、成人になってから士大夫御用達の儒家に開眼した人物ですが、彼は「仏家は生きるのが苦しい苦しいといい、儒家は生きるのが楽しい楽しいという」点が最も違う、と述べています。
石油文明以前のリアルな世界は、庶民にとり生きるのもやっとの物質水準であり、人々は天候不順などでいつ飢餓に見舞われるかもしれない危険に常に直面していました。しかし、その現実は余りにも耐えがたい。衆生がこの過酷な現実を辛うじて受け入れるためには、伝統的な普遍宗教は来世(あの世)に第二の「真実の幸福な生」を想定せざるを得なかった。あるいは、そういう合理化をしてくれた「教え」が普遍宗教として世界化したのでしょう。そういう意味で、普遍宗教は洋の東西を問わず、「彼岸志向」あるいは「現世拒否」です。
ところが、初期近代の西欧では、ペストの大災厄、大シスマ(教皇権鼎立 Magnum schisma occidentale)、修道院の大企業化等、続けて幻滅させられたローマ・カトリックに加え、三十年戦争でプロテスタンティズム教団も大して変わらない現実を思い知らされ、ほとほと《来世》を《現世》で仕切る「現世の宗教体制」に幻滅した結果、《来世》でも《現世》でもない「未来」に幸福(the Paradise)を賭ける、というウルトラCを打ち出す一群の《未来教/進歩教》の預言者たちが出現したのです。ベーコン、ホッブズ、デカルトあたりです。
当然、大部分の庶民も同じ気分だったでしょう。だって、眼前に悲惨な《現世》があり、《来世》に幻を見ることができないなら、人は立つ瀬がありません。こうして、《現世》のただ中で、「未来」という名の《来世》の「やつし mīmēsis」を創出する、という破天荒なプロジェクトの進軍ラッパが吹き鳴らされました。Max Weberのいう「世俗における現世拒否/ Weltablehnung / rejection of the world 」です。これが西欧人の「modernity 現代(近代)」志向の駆動力でしょう。
ローマ・クラブの1972年報告「成長の限界」が出て以来、実に半世紀が経ちますが、それでも一向に「成長」志向が止まらないのは、西欧近代における「未来=成長」は、彼らにとって「神なき時代」における「幸福な来世 the Paradise」の代替物(「やつし」)であるからです。
しかし、一方で、初期近代の日本列島でも同じようなことがおきます。17世紀は、第一次「日本列島大改造」で、大開墾が限界地ぎりぎりまで行われ、同時に急激な人口増があり、いわゆる「高度経済成長」期でした。中世まで「憂き世」と表記されていたのに、この時代になると「浮き世」と書かれるようになったのです。その一つの「成果」が、お大尽紀文であり、芭蕉/西鶴/近松の元禄文化です。
地球の向こう側とこちら側で似たようなことが同じタイミングで起きたのです。西欧では三十年戦争(第ゼロ次世界大戦)でしたが、列島では戦国の百年戦争(内戦)でした。十六世紀に長く続いた北半球の寒冷化と十七世紀の温暖化がそのベースにあるのでしょう。あちら側ではキリスト教vs.反キリスト教の思想戦でしたが、こちら側では、戦国内戦期に自己変革した新「仏教」による実質的国教化(国民の総檀家制)が実現しました。同じ「初期近代」でもこの違いが、西欧「modernity」と徳川日本「近世」の違いを生み出したと考えられます。もちろん善悪、好悪とは別の話です。
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