水と資本主義 water and capitalism
石油文明が成立するには、当然イージーな資源としての石油が大量に必要ですが、それとともにきれいな淡水が大量に必要です。理由はこうです。
工業とは、鉱物を加熱して金属を抽出し、その金属を加熱・加圧してさらに加工するという、一連の流れで成立します。熱の制御とは温度の制御であり、それは「熱し」つつ「冷やす」ことの制御を意味します。常温常圧下で物体を最も効率よく「冷やす」ものは、淡水以外にありません。塩水では金属は錆びてしまいますし、濁った淡水ではパイプを詰まらせさらに洗浄用にきれいな淡水を必要としてしまいます。
石炭資本主義では水蒸気用に淡水が必要でしたが、石油資本主義では、原油からの加熱・蒸留プロセスにより、各成分の沸点の違いを利用して多種多様の石油製品を生成しますので、温度制御のための冷却用、洗浄用に全てのプロセスで淡水がさらに必要になるのです。ガソリン内燃機関が動力を創り出すにも淡水が必要です。温度差こそが熱力学上の「力/運動」の源泉ですから。かつて自動車エンジンのラジエーターには水が必要だったことを思い出してください。また、「産業の米」と言われるIC(集積回路)の工場は清水豊かな九州/東北に立地していることを想起しましょう。産業化にともなう都市への人口集中も、飲料/入浴/洗い物/水洗トイレ等、膨大な淡水需要を創出します。
中学校の社会科や高校歴史で「産業革命」や「工業化」が語られる際、薪炭/石炭/石油といったエネルギー源の種類について触れられることはあっても、莫大な淡水が必要であることは全く触れられません。しかし、連続/大量の工業生産は、大量かつ安価な、つまりイージーな工業用水なくして一日たりとも操業できないのです。中国が古代から高い文明を誇り、紀元前後には石炭やコークスの使用の可能性まで指摘されながら、結局「産業革命」は不発で、「資本主義」が自生的に誕生しなかったのは、士大夫エートスの問題の他に、華北地方の伝統的な淡水不足、華南地方の大量で農業向きではあるが多少濁った淡水、が資源制約になっていたことは否めないと考えます。
イージーな石油とイージーな淡水。これを同時に満たす国家は、19世後半の米国、以外ありませんでした。サウジアラビアが原油採掘でどれほど金満国家になれても、工業国家になれないのは淡水が決定的に不足しているからですし、戦後の「無資源国」日本が、中東の超巨大油田発見後のイージーな石油時代になって初めて、列島史上最強の産業国家になれたのは、年間降水量1500㎜超(東京地方)というありあまる水資源の恵みにも因ることを忘れては、歴史を本当に理解したとは言えません。
※水(H2O)の驚くべき物性については、下記をご参照ください。
洗濯物はなぜ乾く?(1): 本に溺れたい
洗濯物はなぜ乾く?(2): 本に溺れたい
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