救荒作物/ emergency crop
このところ、しつこく種苗法「改正」について本ブログにて取り上げています。ただ、実を言いますと、私の憂慮する点は、農水省が言いたがる、イチゴやメロンなどどいう、高尚な(美味しい、あるいは、儲かる)作物のレベルよりもずっと低いところにあります。こういうと笑われるかもしれませんが、いまや「死語」である救荒作物のことです。
昨年夏秋の、超大型台風の連続襲来、年末の暖冬、今春の天気の目まぐるしい変化。例年より天候、気候不順の頻度が多いような気がしています。それが温室効果ガスのせいなのか、より長期でマクロの地質年代レベルの変化なのかわかりませんが、確かにマクロ的な気候異変の影響があると感じます。
日本列島の歴史時代の凶作/飢饉の特徴を、昨年末没した故速水融氏が述べていたことがあります。彼が言うには、列島全体が、寒冷化する場合と温暖化する場合とでは、西日本と東日本では現れ方がかなり違うのです。
・寒冷化 東日本に特に影響。冷夏による冷害で、日照不足、夏場の低温による作物の不稔、病気(いもち病等)による凶作→飢饉
・温暖化 西日本に特に影響。風水害、酷夏の日照りによる水不足・干害、虫害(蝗害)による凶作→飢饉
いま観察される限り、「寒冷化」より「温暖化」のリスクが高まっていて、そうすると、南北東西に長い日本列島では、歴史的に西日本に風水害や、旱魃、干害、虫の大発生(蝗害)等が発生し凶作となり、飢饉に至っています。昨今のコロナ禍のニュースの際、中国の穀倉地帯、アフリカでの蝗害のニュースがありましたが、他人事とは思えません。
こういう凶作リスクへの備えとして、伝統的には、耕地の中でより条件の悪い場所に救荒作物を植えていました。ソバ,アワ,ヒエ,シコクビエ、イモ類、サツマイモ、ジャガイモ,キクイモが代表的です。中近世での新田開発に第一段階で播種された、不味(まず)いが強い赤米、なども候補でしょう。こういうリスク時に威力を発揮する、大切な遺伝子的歴史資源(救荒作物)が、目先のことに忙しい役人たちの目先の利益のために、捨て去られてしまうのではないか、という懸念なのです。
列島中が、山、川、谷、海、等で空間的に仕切られていて、土地土地の微小気候が結構異なる土地柄ですから、その土地・気象に適切な救荒作物は、伝統的にかなりバラエティーがあって、それは地元の農家でなければわからないことでしょう。そういうものこそを優先的に救い出して、ジーンバンク(gene bank)等へ登録管理することが、今は急がれるのではないかと懸念しているのです。
異常気象ではなくても、不慮のタイミングで、世界のサプライチェーンが寸断し、食料(穀物)、飼料(穀物)輸入が途絶したら、どういう結果が引き起こされるでしょうか。「開国」以前の、徳川日本末期(19世紀半ば)の人口が約3300万人です。ということは、当時のテクノロジーにおいて、輸出入なしでこの列島が養える人口のmaxがこの数字とみなすことは合理的であると思われます。これに、現代のテクノロジーの下で、既に耕地用の土地も土壌流出や環境破壊で劣化していることも加味すれば、せいぜい5000万人、どんなに頑張っても、6000万人が、21世紀日本列島の人口支持力ではないかと推測されます。これは原油輸入が途絶しない、という条件つきですが。とすれば、最悪の場合、二人に一人の割合で現代日本人が餓死することさえ、妄想とは言えないのではないかと懸念しているのです。杞憂ならむしろ嬉しいのですが。
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コメント
ヒルネスキーさん
コメントありがとうございます。
面白そうな本ですね。
ちょっと、調べてみます。
投稿: renqing | 2020年5月 8日 (金) 01時40分
『兵頭二十八の農業安保論』(2013年)という本に命題から解決策まで割と書かれてた記憶があります(法律面の話は無かったと思いますが……)。
投稿: ヒルネスキー | 2020年5月 8日 (金) 00時35分