塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(10完)
前回、より
◆書評5「補章『複雑系経済学入門』以後の二〇年」
1.二十年の歩み
2.ブライアン・アーサとサンタフェ研究所の貢献
3.サンタフェ流アプローチへの不満
4.進化という視点
5.新しい価値論と経済像
6.技術進歩と経済発展
7.金融経済の経済学
8.一般読者への読書案内
本章は、今回の増補文庫版において書き下ろされた最新の論考となります。本書単行本版以降の20年間の総括であり、著者の最新の活動報告でもあります。
注目すべきは、「5.新しい価値論と経済像」です。ここを読めば、処女作、塩沢由典『数理経済学の基礎 (数理科学ライブラリー 2)』(1981年朝倉書店)から始まり、
①『リカード貿易問題の最終解決』(2014年岩波書店/単著)
②『経済学を再建する』(2014年中央大学出版部/共著)
③2017年, A New Construction of Ricardian Theory of International Values: Analytical and Historical Approach
Yoshinori Shiozawa, Tosihiro Oka, Taichi Tabuchi
④2019年, Microfoundations of Evolutionary Economics
Yoshinori Shiozawa, Masashi Morioka, Kazuhisa Taniguchi
に結実する、著者の経済学革新の簡潔な歩みが一望できます。この部分で特記すべきことは、自己の理論探索における失敗の歩みも客観的に記述されていることです。著者が④を「新古典派ミクロ経済学に依存することなく、経済主体のミクロの行動からマクロの経済過程を分析する道」(p.489)を開いた「経済学の歴史において『卓越した意義』をもつもの」(p.483)と自負されていることにも伺える、《ひと》ではなく《現実と理論》に忠誠を捧げてきた著者の清廉さの現れであると思います。
今後、塩沢由典氏の衣鉢を継ごうとされる方は、例えば、「所得税/消費税負担の帰着分析」などのようなより政策的議論に使える方向に『進化経済学のミクロ的基礎』をバージョンアップする必要があるでしょうし、「巨額の財政赤字のマクロ的帰結」を分析するためにも、手付かずの「財政」「金融」に鍬を急いで入れる必要があるでしょう。
◆本書総評
本書「序文」にこうあります。
「この本は複雑系経済学が向かうべき方向について、現在の地点にたっては望み得る最良のものをなんとか示しえたのではないか」(p.10)
この著者コメントは、2020年の現状でもほぼ妥当ではないか、と私は思います。補章にあるように、塩沢由典氏によって達成された画期的業績はこの5年間に公表されたものですし、いまだ、中学校「公民教科書」や高校「政治経済教科書」には、右上がりの供給曲線と右下がりの需要曲線の交点によって市場価格が決まる、というグラフ的説明に変化はないからです。歴史学界ではほぼ死語となった、「鎖国」「士農工商」「聖徳太子」が中学校「歴史教科書」にはいまだキラキラ輝いていて、教室でも教えられているぐらいですから、少なくとも、大学の理論経済学テキストが刷新される時まで、本書の価値は減じないでしょう。可能であれば、本書も英訳されることを願い、この冗長な書評を閉じたいと思います。
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