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2020年7月 9日 (木)

塩沢由典『増補 複雑系経済学入門』2020年5月ちくま学芸文庫(5)

前回より

◆書評3 人間社会の「秩序」は、人間の「合理性」から生まれるか?(その2)

 「第3部 合理性の限界とその帰結」への書評、の2回目です。

 「人間能力の三つの限界」(本書p.222)を下記に再掲します(①②は前回コメント済)。
①視野の限界
②合理性の限界
③働きかけの限界

 さて、③です。これはヒトという生物種の身体的(physical)能力の限界から、ひとりの人間がある一定時間内にある程度以上の成果をあげることができない(p.224)ことを指します。

 換言すれば、agent の一個体としての行動は、system に局所的(local)にしか影響を与えることができないし、その報酬(return)も局所的(local)なものとなり、決して system 全体に大局的(global)な影響を与えることはできない、ということでもあります。

 若干、話題が外れますが、今回のコロナ禍(コロナ騒動)で私にとり印象的なのは、私たちの暮らす「世界」が意外に頑健(robust)である、と言う点です。無論、二月あたりから六月までの数ヶ月間、実にいろいろなことが起こりました。日本経済も大きな打撃を受け、傷を負っています。しかし、印象論的には、2011年3月11日の東日本大震災が当時の私生活に与えた影響と比較すると今回のコロナ禍はまだ落ち付いている気がします。前者は日本列島という local な衝撃で、後者は全世界という文字通り global な出来事であったはずなのに、です。東日本大震災は、日本列島が数ヶ月停止状態でしたが、コロナ禍では世界全体が数ヶ月停止状態でした。ともに、ライフラインは辛うじて最低限機能したようで(世界的には)大災厄に至ってはいないように現時点では観察されます。世界的に見て、先進国中最も自然災害が頻発しているのは日本列島ですから、「災害慣れ」している面はあります。その一方で日本の「静かな」対応ぶりに比較すると、欧米先進国の狼狽ぶりは目立ちます。それでも、今回、事件の大きさからすると、その負の影響は小さい印象がします。

 ③に戻ります。つまり、世界の頑健性(robustness of World)は、人間にとり、①視野の限界と②合理性の限界、の前提であるとともに、③働きかけの限界、の帰結でもあると言えそうです。

 ブラジルの蝶々の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こすようなことが、多くのステップ後にひょっとして起こり得たり、私が今日ほんの気まぐれで、書店に立ち寄り、書棚で最初に目についた塩沢由典著『増補 複雑系経済学入門』という本を一冊、珍しく購入したことが後に世界的ベストセラーのきっかけになり得たりすることが、仮にあったとしても、個々の agent には①、②の制約のお蔭で知り得ないし、時空間的に local な小世界では agent にとり「世界の頑健性」を脅かすには及ばない、という訳です。

 上記の点は、本書「部分過程分析」の項で記述されています(p.238、p.240)が、それは限定された能力の持ち主である agent からのもので、system 側から見た robustness 要件としてではないと思われます。

 このことは、次の「経済の総過程と基本的定常性」とも関連します。

次回へ、この項続く〕

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