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2020年8月 2日 (日)

列島とテクノロジー2《鉄》/ Iron : Technology in Japanese history 2

 鉄は人類が手にしている金属の中で最も有用なものの一つです。とりわけ構造物、小さなものならスマホから自動車、大きなものであれば、五百名以上搭乗するジェット旅客機、東京スカイツリーまで、外側が固く形のあるものは、ほとんど鉄が使われていると思われます。

 ここまで有用なのですから、鉄の出現が列島の文明史に影響を与えない訳がありません。ただし、歴史上に登場した、ある「もの」や「こと」が同時代や後世に多大な影響与えるためには一つの条件が必要です。その「もの」や「こと」がある程度のスケールで複製され、それを欲しがる人々の需要に応える、ということです。例えば、ナザレのイエスが唱えたユダヤ教異端の思想は、使徒たちや後の初期教会組織がなければ、ローマ帝政初期の地中海世界にあれほど広がっていたかどうか。歴史上、泡のように現れては消えた他の異端思想と同じ運命を、パレスチナの一隅でたどったかもしれません。鉄も、それが文明的衝撃を人類史(あるいはもっと狭く列島史)に与えるためには、ある程度の量が安定的・継続的(つまり sustainable )に供給されること、これがその前提条件になります。

 ヨーロッパにおいて、鉄製品が広く使われだしたのは、16世紀に高炉という技術革新が普及し始めてからです。列島において、鉄器が「消費財」と言ってもよいレベルになったのも、戦国末期(15世紀終盤)、たたら製鉄上に複数のイノベーションが起きてからです。この時期、安価な(粗製乱造の)日本刀は輸出品にまでなっています。現代の言葉でいえば、日本刀が輸出競争力を持っていた、ということになりますね。

 したがって、鉄は、鉄剣などの武器として利用されることで、古代の王国や帝国の興亡に軍事的に影響したという側面では、歴史的影響をもちましたが、人々の生活スタイルを一新したり、それを通じて人々の嗜好に変化をもたらしてしまう、という意味での文明史的レベルで影響があったのは、初期近代(列島史でいえば、近世)以降と言ったほうが実情にあっているようです。

■Topic1. モノとしての《鉄》

 さて、物質としての《鉄》、すなわち元素Feは、どんな性質をもっているのでしょうか。皆さんは《鉄》が何度で溶けるかご存知ですか? 《鉄》の融点のことです。

 実は、《鉄》の融点は1536℃です。ここでふ~んとだけ思っていてはいけません。なぜなら、私たちが生活の中で何気なしに使い、見ている炎で、1500℃を超えるものはそんなにないからです。例えば、キャンプファイヤーですが、あの炎では1500℃に達しません。条件によってばらつきがありますが、1200℃から1400℃くらいです。練炭や木炭の真っ赤になっている部分、アルコールランプで1000℃です。ロウソクの外炎で1400℃です。ここらあたりが古代人の持つ炎を作るテクノロジーの限界となります。現代のガスストーブ、ガスコンロ、理科実験室のガスバーナーで漸く1700℃に達します。

 鉄以外の金属の融点はどうでしょうか。例えば、銅の融点は1083.4℃です。そして、スズ(錫)の融点は232.97℃ですから、人類における金属器の使用開始が、鉄ではなく、銅とスズの合金である青銅から始まったのは当然の成り行きといえるでしょう。ついでに触れておくと、貴金属の融点はそれぞれ、金1064.43℃、銀961.93℃です。銅を含め、人類が比較的容易に作り出せる炎で溶ける物質であることが、古代から貴金属を人類にとり親しみ深いものにした大きな理由です。

■Topic2. 《鉄》はどこにでもあるか?

 自然界に存在する物質で、単体で存在ものはほとんどありません。人類が最初に知った金属の一つは、「金」と考えられますが、それは品位65~99%の自然金として、珍しく外界に存在していたからです。逆に言えば、人類が需要する物質はほとんど化合物としてしか自然界に存在しないと考えるべきだということになります。

 《鉄》はどうでしょうか。残念ながら予想通り、鉄鉱石という化合物として鉱脈中に存在していました。鉄鉱石とは酸素、硫黄などと化合した鉄成分を含む鉱石のことで、基本的に酸化鉄の状態で自然界に存在します。磁鉄鉱、赤鉄鉱、褐鉄鉱、といったモノです。日本の伝統製鉄であるたたら製鉄の原料である砂鉄は、岩石が風化してできた磁鉄鉱の微粒子のことです。磁石で砂鉄が採れるのは、砂鉄が磁鉄鉱の粒子だからです。赤鉄鉱は磁石につきません。

■Topic3. 「製鉄」を理科的に理解する(Ⅰ)

 皆さんは、中学や高校の理科で、化学変化を学んだと思います。化学嫌いな人は意外に多いようなので、《日本史》でまたそんな話を聞かされたくない、とゲンナリされるかも知れません。あるいは、自分は《文系》なので《理系》の話題はわからない、とこのコラムをスキップされる可能性もありそうです。ただ、そこをもう少し辛抱してお付き合い下さると、きっと世界が知的に広がります。「《世界》はどこでどう繋がっているかわからない。だから面白い。」と誰かの言葉(すみません。忘れました。)ありましたが、「鉄」はまさに《理系》と《文系》が交錯してしまう話題なのです。

 先ほど、鉄鉱石は酸化物だと申し上げました。それらを有用な資源としての鉄にするためには、酸化鉄である鉄鉱石から、くっついている酸素を取り去ればよい、ということがわかります。酸素が化合するのは「酸化」ですから、その逆である「還元」をすればよい。ここまでは抵抗なく飲み込めると思います。この化学の分野は、ヨーロッパ近代において初めて精密に学問化されましたが、その動機は、化合物である天然資源から有用な物質を単体で取り出すにはどうしたらよいか、という産業上の必要性が潜んでいました。また、英語の化学(chemistry)や化学者(chemist)の語源は、《錬金術師(alchemist)》です。錬金術とはヨーロッパ古代中世で盛んに研究された、卑金属(銅、鉄、鉛)を貴金属(金、銀)に変化させる技術を研究する当時の学術でした。今の私たちの眼から見れば、荒唐無稽でしかない魔術や呪術にも、現代の先端科学技術と同じような人間的願望が潜んでいるらしいことに気付きます。つまり、無味乾燥に見える学校の理科にも、アニメ「×の錬金術師」やファンタジー「ハリー××ター」的な起源が実はあったのだ、ということです。

 少し脱線しました。話題を戻します。純鉄の融点は1536℃で、薪(たきぎ)を燃やすだけはその温度に届かないと指摘しました。しかし、BC.18~13Cの古代ヒッタイト王国の鉄器は教科書にも記載があります。この謎を解く一つの鍵は、「隕鉄」です。隕鉄は地表面に落下する隕石に含まれる鉄分のことです。これが意外にあります。製鉄技術の確立以前の人類には、隕鉄利用の可能性がある訳ですが、古代ヒッタイト王国は、鉄器の使用とその技術でオリエント地域に勢力を誇っていたのですから、隕鉄だけでは到底その規模にはなりません。やはり「製鉄」技術があったと考えるべきでしょう。この矛盾を解きほぐす鍵は、製鉄の過程を少し正確に理解するところにあります。

■Topic4. 「製鉄」を理科的に理解する(Ⅱ)

 古代人たちには、鉄器の前に青銅器を作っている時代がかなり長くありました。それならば、まずは青銅器の製造法を鉄器の製造に転用することから始めるでしょう。古代から初期近代まで燃料とは薪木か木炭でした。特に高熱を必要とする生産の燃料としては木炭でした。それは鉄鉱石の溶解にも適用されたと考えられます。それでも、木炭燃焼とそれへの空気の吹込みで上げられる温度は、1400℃が限界でした。ではなぜ製鉄が可能だったのでしょうか。

 その鍵は木炭にありました。古代人たちは製鉄の高温熱源として木炭を使用したのですが、結果的にそれは三つの大きな化学変化を鉄鉱石にもたらしました。

1)炭素が還元剤として、酸化鉄から酸素を奪った。酸化鉄を約1000℃まで熱することができれば、液化しなくとも個体の状態で、《還元》できる。
2)炭素が鉄に溶解して、鉄の融点を引き下げた。炭素濃度の上限4.2%で、融点は1536℃から1154℃に下がる。これが、「融点降下」。
3)鉄が炭素を多く吸収すると硬い鉄、少ないと軟らかい鉄ができた。炭素が鉄に効率よく溶け込むには、912℃~1394℃が必要である。この状態の鉄をγ-鉄といい、その温度以下はα-鉄といって、γ-鉄はα-鉄より100倍多く炭素を吸収する。

古代人が、この3点を全て意図して木炭を使ったとは考えられませんが、結果的に全ての点において、製鉄における木炭使用は素晴らしく好都合だったわけです。

 しかしながら、古代西方の技術レベルでは、炉内を高温で安定して維持することはやはり難しいことでした。すると、約1000℃あれば個体のままで酸化鉄を鉄に還元はできますが、還元された鉄が十分に炭素を吸収できませんから、融点も十分に下がりませんでした。従って、溶融した(ドロドロの)鉄を作ることもできません。この半溶融で作られた鉄は、不純物を除くと錬鉄(れんてつ、ルッペ)と言ばれます。錬鉄のなかの比較的炭素の高いものは鋼(はがね)であり、他は単に鉄と呼ばれました。鉄は軟らかく、鍛造性が優れ、多くの用途に加工して使われます。鋼は硬く強いので、刀剣などに使われました。このような錬鉄の生産が製鉄であった状態が15世紀までのヨーロッパでした。ヨーロッパにおいて炭素濃度の高い溶融銑鉄が大量に造られようになるのは、漸く16世紀に高炉技術がヨーロッパ中に普及してからです。

 一方、中国では炭素濃度の高い溶融銑鉄が紀元前から製造され、農具その他に鋳造(鋳型に流し込んで造る)されていました。中国諸王朝の国勢が世界史的みてもピークを迎える10世紀から15世紀にかけて(北宋・元・南宋・明)は、かつて三代発明とも言われた、紙、羅針盤、火薬や活版印刷術が中国からヨーロッパにイスラム世界を介して伝わっていますから、国家の産業基盤に先進的な製鉄業があったことも中国隆盛の一因と考えられます。

 古代日本にも、大陸中国の先進製鉄技術は伝わりますが、やはりテクノロジーは身の丈に合ったものしか定着せず、列島日本での製鉄技術は、「たたら」製鉄として独特の進化遂げることになります。

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