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2020年9月14日 (月)

近代日本の人口動態(1)

 冷静に見直しますと、徳川日本270年間のドメスティックな慎ましさと打って変わって、大日本帝国77年間の海外膨張への狂奔ぶりには、かなり面喰います。落ち着きがなく、明日の見えない青年期に特有な、焦燥感といった風で、痛々しささえ感じてしまいそうです。

 社会科学的に考察するなら、国家規模の数世紀に影響する駆動力として、その国家の人口動態、技術体系と保有資源量の相対変化、等は落とすことのできない要素です。ここでは容易に手に入る人口データから見ておきます。二つの図表を用意しました。〔2図ともマウス・ポインタを当ててもらえば、鮮明な画像および拡大画像をみることができます。〕

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 一つは、明治、大正、昭和の人口動態です。出生率、死亡率、および自然増加率(=出生率-死亡率)で、すべてパーミル〔人口千人当たり〕です。二つめは、大日本帝国の人口動態を開発途上国の人口動態データとくらべた表です。2図とも西暦表示で、第1図の横軸は、「72-80」とあれば、「1872年-1880年」「96-10」とあれば「1896年-1910年」の省略表示です。

 見てすぐ明らかなのは、大日本帝国の人口動態は、20世紀後半の開発途上国の人口動態と酷似しているということでしょう。アジア・アフリカの開発途上国といえば、貧困と政情不安がすぐ想起されます。大日本帝国の生涯も常にその2点に悩まされていました。明治・大正・昭和前期の過剰気味の人口は目立ちませんが、大日本帝国の恒常的な課題だったとみなしても宜しいでしょう。さて、この点と、政治史、軍事史、経済史、が無関係ではあり得ません。戦前日本の、人口動態的解釈につきましては、いろいろな仮説を構成できそうです。少し長くなりそうなので、それは本記事(2)へ続く、とさせて頂きます。

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