「経済複雑性」と日本の22世紀(1)/ "Economic Complexity" and Japan in 22nd Century (1)
畏友府川氏から下記のご教示を頂きました。
1.経済複雑性指標で日本は世界一。
2.日本は輸出品の品目のバラエティーの多さ及び世界的に偏在性の高くない独自品目を生産供給している。
3.石油のみ、コーヒーのみ輸出産品という国は市場の影響を受けやすく、打たれ弱い。しかし近年、アフリカあたりでも産業が高度化し、電子機器製品の輸出を始めている。
※とりあえず、「経済複雑性」について概要を知りたい方は下記サイトをご参照。
1)日本が世界第一位、ハーバード大「経済の複雑性ランキング」に見る各国経済のダイナミズム | AMP[アンプ] - ビジネスインスピレーションメディア
2)世界首位を30年譲らないわが国産業の優位性 | 湯澤三郎
こういう議論をすると、浅薄な部類の日本人は、「明治の御代のご一新のおかげで急速な《近代化》が可能となって・・」とかなんとか、言い出します。これは関良基氏が強調されていたように、この列島の国家はむしろ長薩勢力のお蔭様で徳川公儀政権時の対等な通商条約が不平等化し、「ご一新」軍事革命評議会政権の強引な軍拡で、当時世界最大の武器輸出国・大英帝国への依存度を高めてしまい、日英(軍事)同盟でめでたく「名誉白人」となり果せています。帝国日本の出世双六の「上がり」が、アングロ・サクソン覇権下での走狗だったのですから、かえって欧米覇権への従属性を深めた、としか言いようがありません。
私は、近世・近代の日本が欧米列強の「植民地」にならなかったのは、日本が「強」かったからというよりも、欧米列強にとり「魅力」がなかった、カネと手間をかけるほどの「うま味」がなかったから、と考えたほうが合理的だと思います。
地下資源はほとんどすべての重要資源(金、銀、石炭、石油)はありますが、濃集していません。北緯45度から30度、東経145度から125度まで領土は東西南北に広く、国土面積はUKの1.5倍ですが、山がちで耕作に向く平地はむしろグレートブリテン島より少ない。資源輸出国にも農産物輸出国にもなれない。余剰産物(あるいは付加価値の高い産物)があり、それを輸出に向ける余力が想定できなければ、本来、植民地にするほどの経済合理性は覇権国側にはない、と言えます。つまり、覇権国にとっての資源輸出国にするには、「モノカルチャー経済」化可能な土地でなければならないが、日本列島にはその条件がなかった。計算高い John Bull が「儲からない」国土に資源(人、モノ、カネ)を投入する訳がない。
この特質は、多様な産物の裏面です。列島のこの特質から言って、本来、国土の人口支持力を超える過剰人口が多くなければ、それほど海外資源に依存しなくても暮らせますし、むしろ多様な特産物を輸出に向けられる可能性が高いと言えます。北海道の産物は加工して東南アジアに。沖縄九州の産物は加工してロシアに、等。事実、薩摩島津家は蝦夷(えぞ)特産の昆布を、琉球王国をダミー商社として清朝・華南地域へ密輸出(「抜け荷」)し、莫大な貿易利益を得ていました(それが武力倒幕の資金源です)。そのため、21世紀の現在でも、北海道昆布の最大消費地は沖縄県である訳です。また、そもそも徳川日本時代の中後半200年間は、木材、食糧等の基礎資源の輸入なしで人口3000万人超を養っていたという歴史的事実がそれを証して余りあります。
冷静に考えれば、ポスト・コロナのanti-globalism or regionalism の時代には、日本列島は、ほど良い加減で fit しているとしか思えません。今後の諸地域間の競い合い(competitionではなく、concours)でモノを言うのは、自然or地下資源よりは、歴史/文化資源、でしょうから、多様な資源 resources を有する(はず)の日本(列島住人)は前途有望ではないか、と思います。むしろ、そうなるように、「競争」の意味を変えてしまうくらいの、大きく歴史的・知的な platform 作りに人的/知的資源を養成、投入することが、結果的に人類の未来(子どもたち)に貢献し、グローバルに名誉ある地位を占めることになると考えます。
amazon, Facebook を超える、儲かるプラットフォームビジネス、なんて考える次元そのものが、既に相手の土俵で相撲をとっている訳で、思想においての「負け戦」である、と日本人はそろそろ気付くべきだろう、と不思議でなりません。
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コメント
HidalgoたちのEconomic complexityを取り上げてくださり、ありがとうございます。国際貿易投資研究所専務理事の湯沢三郎さんが取り上げられているように、日本では輸出競争力との関係で注目されています。去年のはじめころNHKの特集の中でも取り上げられていました。Economic complexityは、日本がトップというので、長いあいだ低迷をつづけている日本経済にとっては明るいニュースでもあり、関心が高まっているのだと思われます。
ところで、この件は、ちくま学芸文庫の『増補 複雑系経済学入門』の増補部分「『複雑系経済学入門』以後の二〇年」には一切触れていません。知らなかったのではありません。知ってはいたのですが、触れませんでした。HidalgoたちのEconomic complexity (以後 EC)は、貿易統計から、輸出について国と財について一定の重みのあるものを取り出して2部グラフ(隣接行列)を作り、そこから定義される正方行列の固有ベクトルをとって指標としています。この作業により、国ごとの数値が出でくるためランキングに使えるのですが、それがいったいどういう意味(内容)をもつのか私には不明で、ECについては触れないことにしました。
これは別の統計分析である主成分分析に喩えてみれば、分かりやすいと思います。ある成分が重要な影響をもつことが分かったとき、主成分分析では、それ(あるいはそれらに)に名前をつけます。ただ、その名前がほんとうにそれら成分を適切に表現しているかには、ほとんど理論がありません。ECについても同様の事情があって、各国ごとのなにかが計測されるのですが、それが"Economic complexity"と呼ぶべきものなのか、あるいは湯沢氏が触れられているように「経済多様性」ないし「Economic sophistication」と呼ぶべきものなのか、あるいはそれらとも異なるなにかを表しているかは判断の分かれるところです。
わたしもときどき気になって考えてみるのですが、ECが本当になにを意味しているのかは、いまのところ分かりません。ただ、こういう国ごとの複雑性ないし多様性に関係した数量が発見された結果、貿易関係にとどまらず、最近では環境問題や国内の所得不平等度といったものとの相関が議論されるようになっています。これは、悪くいえば、数量の一人歩き(数値があれば、相関分析が可能)ということですが、もっと深い研究がでてくる可能性もあります。
ECは、国際貿易論にちょくせつ関係するところから出てきた議論でもあり、これが国際価値論と結び付けられれば最高ですが、いまのところ手がかりはありません。「経済多様性」が一国の国際競争力に関係するという考えは昔からあります。いままでは、それらは感覚的にしか議論できなかったのですが、すくなくとも数量的な分析ができるようになったことは、大きな進歩というべきでしょう。たぶん輸出できるような産業(輸出競争力のある産業)をたくさん持っていることが、新しい製品を開発するといったところで有利に働くのでしょう。このあたりは、きちんと理論化したいと考えていますが、なかなか厳しい挑戦です。
投稿: 塩沢由典 | 2021年2月 3日 (水) 13時34分