幕末維新期における“文化大革命”/ The "Cultural Revolution" at the end of Tokugawa Japan
以下は、
への 書評記事〔2008年6月17日 (火)投稿〕を、若干改訂したものです。今さらに何故、新記事としたのかと申しますと、重要な事実を新たに付加したためです。以前の書評記事を既読の方も、お目汚しに笑覧頂ければ幸甚です。
著者の安丸良夫氏は令名の高い思想史家です。特に、近世から近代にかけて、西暦で言えば、1800年代の日本についての考察で、ベーシックな業績を幾つも出しています。
本書は、いわゆる「廃仏毀釈」として高校日本史で教えられてきたものが、文明開化における単なるエピソードではなく、日本人の心性に甚大な痕跡を残したものであることを、史実に沿って叙述したものです。「廃仏毀釈」についてその全体像をコンパクトにまとめたものは、本書が初めてだったように思いますし、現在でもおそらく新書サイズでは稀有ではないでしょうか。その意味では、「その時、いったい何がおきていたのか」を知るには、とりあえず、本書で十分です。また、明治維新、すなわち近代日本を再考するための必読書の一冊です。
本書で最も意外で印象的なのは、維新期の三十年前、諸藩における天保改革のプログラムの一環として寺院整理、淫祀破却が既に実施されていたことです。取り上げられた事例は、徳川斉昭らによる水戸徳川家と村田清風を中心とした長州毛利家です。この他、幕末期に、薩摩島津家、石見亀井家(津和野)でもありました。付言すれば、本書記載外ですが、17世紀の「副将軍」保科正之も、それらの二百年前に、陸奥国会津領において寺院整理、淫祀破却を行っています。こういった先行事例の共通点は何でしょうか。領導したイデオロギーが「儒家神道」だったと言うことです。また、儒家たちによる仏教、淫祀邪教にたいする猛烈な攻撃は、この列島だけではありません。中華帝国、北宋末期の徽宗による祠廟政策も酷似しています。
※参照 溝口・池田・小島『中国思想史』東京大学出版会(2007年)(2): 本に溺れたい
読了後、「日本人の精神史に根本的といってよいほどの大転換がうまれた」(本書pp.1-2)のは、うすうす了解できたのですが、著者が問題設定をしている、いったい「日本人の精神史的伝統の全体にどのような転換が生じた」(p.1)のかは、本書中に明確な記述が私には見出せませんでした。率直に言って、この深刻な問いへの応答は、詳細な史実の嵐の中で、見失われてしまった感が否めません。幕末維新期における“文化大革命”=「神仏分離/廃仏毀釈」、という奇怪な歴史のジグソー・パズルは、その最後のピースを、読み手自身が置かざるを得ないと思われます。またそのピースの少なくとも一つには、徳川日本における「儒家神道」(あるいは"朱子学"としての儒家)のあり様というものが含まれていなければならないでしょう。
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