« 中国人社会における「個」と「自由」/ Individuality and Freedom in Chinese Society(リンク訂正) | トップページ | Reason as Obscene Desire »

2021年3月25日 (木)

猥褻な欲望としての理性、あるいは、欲望としての合理主義

《欲望としての合理主義》《猥褻な欲望としての理性》。

 これらは20世紀において、安価な石油というドラッグとの選択的親和によって、人類に正真正銘の乱痴気騒ぎをもたらしました。After oil の21世紀は、百年をかけたその禁断症状なのです。宴の後にパーティー会場の到着した21世紀人たちは、その禁断症状にだけ付き合わされて立つ瀬がありません。

※下記をご参照。
1. ロゴスという名のエコノミスト/An economist called by the name of Logos ( λόγος ): 本に溺れたい
2. 合理性への逸脱 Deviation into sense: 本に溺れたい

|

« 中国人社会における「個」と「自由」/ Individuality and Freedom in Chinese Society(リンク訂正) | トップページ | Reason as Obscene Desire »

近現代」カテゴリの記事

Seki Hirono(関 曠野)」カテゴリの記事

資本主義(capitalism)」カテゴリの記事

Peak oil」カテゴリの記事

選択的親和関係(Elective Affinities / Wahlverwandtschaften)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 中国人社会における「個」と「自由」/ Individuality and Freedom in Chinese Society(リンク訂正) | トップページ | Reason as Obscene Desire »