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2021年7月22日 (木)

トクヴィル史観から内藤〔湖南〕史観へ/ From the Tocqueville view of history to the Naito view of history

 内藤湖南〔1866(慶応2)年‐1934(昭和9)年〕は、トクヴィル(Alexis de Tocqueville)〔1805(文化2)年‐1859(安政6)年〕が没して7年後に生まれています。強いて共通点がある様にも思えなかったのですが、彼等は人類史の modernity の特徴づけに関しては、ほぼ同様な歴史観を有していたようです。以下、アブダクション史学の一つの試みです。

 11世紀から始めて、以後50年ごとにフランスで起こった出来事を調べてみるならば、どの時期の終わりにも社会状態に一つの二重革命が進行しているのを認めざるをえないであろう。社会の階梯を貴族はますます下降し、平民はいっそう上昇する。一方は、下がり、他方は上がる。半世紀ごとに両者の距離は縮まり、相接するのはもう間近い。
 しかも、これはフランスだけに限られたことではない。どこに目を向けようと、キリスト教世界の全体に同様の革命が続いているのが認められる。
トクヴィル著(松本礼二訳)『アメリカのデモクラシー』第一巻(上)岩波文庫(2005年)
序文pp.13-4

Si, à partir du XIe siècle, vous examinez ce qui se passe en France de cinquante en cinquante années, au bout de chacune de ces périodes, vous ne manquerez point d’apercevoir qu’une double révolution s’est opérée dans l’état de la société. Le noble aura baissé dans l’échelle sociale, le roturier s’y sera élevé ; l’un descend, l’autre monte. Chaque demi-siècle les rapproche, et bientôt ils vont se toucher.

Et ceci n’est pas seulement particulier à la France. De quelque côté que nous jetions nos regards, nous apercevons la même révolution qui se continue dans tout l’univers chrétien.
De la démocratie en Amérique/Édition 1848/Tome 1/Introduction - Wikisource

 

 大體歴史といふものは、或る一面から申しますると、いつでも下級人民がだん/″\向上發展して行く記録であると言つていゝのでありまして、日本の歴史も大部分此の下級人民がだん/\向上發展して行つた記録であります。
内藤湖南著『日本文化史研究』(下)講談社学術文庫(1976年)
「応仁の乱について」pp.61-2)


 

※参照 内藤湖南「応仁の乱について」1921(大正10)年8月: 本に溺れたい

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