オリンピックと枕草子/ The Olympics and The Pillow Book of Sei Shōnagon
このコロナ禍の東京。オリンピックが見切り発車されると、政治家たちの思惑を別にして、身体の極限を追求したアスリートたちの姿には、思わず引き込まれます。ひとはスペクタクル spectacle を欲する、あるいは「パン」が満たされれば「サーカス」を求める生き物なのだと自覚してしまいます。
卓球といえば中国、中国といえば卓球、とつい連想してしまう卓球競技。日本選手も層が厚くなり、強国の一つですが、金メダルを取るには、ファイナルで中国選手に勝たないと実現不可能と言えます。女子個人戦では、男女混合ダブルスで中国ペアを破って金メダルに輝き、勢いに乗っていた、世界ランキング2位の伊藤美誠選手が準決勝で中国選手にまたしても屈してしまいました。ただし、3位決定戦で勝利し、銅メダル獲得しています。これは日本卓球史上、初めての女子シングルスのオリンピック・メダルだそうです。その意味では偉業といっても良いはずなのですが、その試合後、その伊藤選手がこう漏らしました。
「(最後に)勝ててよかったけど、うれしい気持ちは1あるかなあ。99は悔しい気持ち。金メダル以外は全部同じ」
伊藤美誠、卓球女子シングル初の銅/卓球(サンケイスポーツ) - Yahoo!ニュース
確かに伊藤選手ぐらいのメンタリティを持たなければ、中国選手には勝てないのでしょうが、その気の強さには感心することしきりでした。しかし、今から千年前の日本女性も負けてはいません。『枕草子』第九十七段にこうあります。
御方々、君達、上人など、御前に人のいとおほく候へば、廂の柱に寄りかかりて女房と物語などゐたるに、物を投げ給はせたる、あけて見たれば「思ふべしやいなや。人、第一ならずはいかに」と書かせたまへり。
御前にて物語などするついでにも「すべて人に一に思はれずは、何にかせむ。ただいみじうなかなかにくまれ、あしうせられてあらむ。二、三にては死ぬともあらじ。一にてをあらむ」など言へば、「一乘の法ななり」など人々笑ふ事の筋なめり。筆、紙など給はせたれば、「九品蓮台の間には、下品といふとも」など、と書きてまゐらせたれば、「むげに思ひくんじにけり。いとわろし。言ひとじめつることは、さてこそあらめ」とのたまはす。「それは人にしたがひてこそ」と申せば、「そがわろきぞかし。第一の人に、また一に思はれむとこそ思はめ」と仰せらるるいとをかし。
新編日本古典文学全集18枕草子、小学館1997年、pp.194-5
校注・訳 松尾聰、永井和子
伊藤選手が古代人のメンタリティなのか、清少納言がモダンなのか。それは当然、『枕草子』の作者がモダンな精神の持主と言うべきでしょう。今昔とは別に、所詮はパーソナリティ(個性)の問題、と断じてもよいのかも知れません。しかし、そういうパーソナリティの在り方そのものが modernity と関係しているとも見做せます。
今から千年前の古典・古代期に、ユーラシア大陸東端の弧状列島において、一群の女性著作家たちが澎湃と出現したという事実。これは、古代中世の中華帝国や古代ギリシア都市国家でも、中近世欧州でも、黄金期の中世イスラム帝国においてもあり得なかったことです。現代日本人はだれでも高校までの古典教育で、これらの古代女性作家たちの存在に「慣れて」しまっていて、その人類の文化史上での特異性にあまり自覚的ではありません。
近代文明は、結局、白人男性(およびその利害関心)によって構築されてきています。その学術も同様です。この列島の文明史における「女」の「力 power」、「地位 status」等の問題は、日本人が自分の頭で再考すべきことなのだと思います。
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