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2021年9月14日 (火)

小説「ジョゼと虎と魚たち」(田辺聖子/1984年)②

 amazonレビュー、をこちらにも再掲。〔①はこちら

「隠花植物の恋」

◆親に二度捨てられること
 ジョゼは母親を知りません。赤ん坊のときに家を出てしまっていたからです。ジョゼが十四の時、父親が再婚した女は、車椅子つきで、さらに生理の始まったジョゼを、面倒くさがって施設へ入れてしまいます。人間の悪意というものが厳然として、そこ、ここにあることを、作者は見逃しません。その上に、祖母の死によって三度目が訪れます。

◆ユーモア
 関西ことばのキャッチボールは、この重く辛い短編を浮揚する強力な武器です。

「めしはちゃんと食うとんのか、痩せてかわいそうに。顔、しなびとるやないか」
「あんた、アタイを哀れんでるのか、ゴハンぐらい食べとるデ。心配していらん!」
「また、来るわ」
「来ていらん!もう来んといて!」
「・・・ほな、・・・さいなら」
  〔恒夫は仕方なく、ドアの前で靴を履こうとします〕
「なんで帰るのんや!アタイをこない怒らしたままで!」
「どないせえ、ちゅうねん」
「知らん!」
「クミちゃん」
「早よ帰り。早よ、帰りんかいな・・・。二度と来ていらん!」
  〔ジョゼに過呼吸発作が出たのを心配して恒夫が近づくと〕
「帰ったらいやや」
  〔ジョゼは恒夫にしがみつきます〕
「帰らんといて。もう、三十分でも居てて。テレビは売ったし、ラジオはこわれてしもたし、アタイ淋しかったんや・・・」
「何や。僕、テレビやラジオ代わりかいな」
「このラジオは返事するだけマシや」

◆「幸福」の身代わり
 ジョゼは、恒夫との事実婚からようやく《幸福》を感じ始めます。しかし、ジョゼには「幸福」という言葉の持ち合わせがありません。そこで、作者は、《新婚旅行》がわりに観光地の水族館を訪れた夜更け、恒夫と布団にくるまったジョゼにこう呟かせます。

(アタイたちは死んでる。「死んだモン」になってる。)
(アタイたちはお魚や。「死んだモン」になった ― )

◆ジョゼ像
 これは、本ひろ子氏装画の1987年角川文庫初版カバーが素晴らしいです。

 アニメ版に欠けていたものは、「世界」からネグレクトされた娘ジョゼの、隠花植物のような恋といじらしくも大胆なエロス、そして「救い」としての大阪ことばです。

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