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2021年10月 5日 (火)

T. S. Eliot vs. George Orwell (1)

 人の世には、どうしても「反りが合わない」人物がいるらしい。エリオットとオーウェルは、互いにそういう位置関係にあったようです。

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Faber & Faber社様、サイトから拝借。

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Wikipedia様  George Orwell、より拝借

 オーウェルの「鯨の腹の中で Inside the Whale」(1940)は素晴らしく面白いエッセイです。何が面白いかと言えば、ケレン味たっぷりの「悪口」ではないかと思います。

 このエッセイの中から、オーウェルのエリオット評(ポジティブな)を二つ引用します。

「たぶんこれも覚えておくだけの値打ちがあることだろうが、この時期よりさらに遅れて改宗したほんとうに最高の才能あるただ一人の人、エリオットはローマ・カトリック教ではなく、イギリス・カトリック教というキリスト教会のトロッキズムみたいなものを選んだ。」
ジョージ・オーウェル「鯨の腹のなかで」鶴見俊輔訳『鯨の腹のなかで ―オーウェル評論集3』1995平凡社ライブラリー所収、pp.59-60
Perhaps it is even worth noticing that the only latter-day convert of really first-rate gifts, Eliot has embraced , not Romanism but Anglo-Catholicism, the ecclesiastical equivalent of Trotskyism.

「もし私が一人の兵士として〔第一次世界:引用者註〕大戦で戦っていたとしたなら、私は『最初の十万人』」とかホレショー・ボトムリーの『塹壕にある若者への手紙』よりも『プルフロック』の方を手に入れようとするだろう。フォースター氏のように、私もまた、エリオットは、ただ一人で立って、戦前の感情とのつながりを保つことにより、人間の遺産をにない続けていると感じたであろう。そんな時に、頭にはげのある中年の知識人のためらいがちな感情について読むことは、どれほどの解放感をもたらしたことであったろう! ・・・。爆弾と配給のための行列と兵隊募集用のポスターのあとで、一人の人間の声!それはどれほどの救いであったことであろうか。」
op.cit.、pp.81-82
If I had been a soldier fighting in the Great War, I would sooner have got hold of Prufrock than The First Hundred Thousand or Horatio Bottomley's Letters to the Boys in the Trenches. I should have felt, like Mr Forster, that by simply standing aloof and keeping touch with pre-war emotions, Eliot was carrying on the human heritage. What a relief it would have been at such a time, to read about the hesitations of a middle-aged highbrow with a bald spot! So
different from bayonet-drill! After the bombs and the food-queues and the recruiting-posters, a human voice! What a relief!
George Orwell, Inside the Whale, 1940

 下記はオーウェルの爽快なまでの素晴らしいエリオットへの悪口を二つばかり。

「このグループの作家はすべて、なんらかの意味で保守的な傾向に属する。・・・。パウンドははっきりとファシズムの側に、ともかくもイタリア種のファシズムの側についたようである。エリオットはずっと超然としているが、もしも彼がピストルをつきつけられて、ファシズムかわずかそれよりも民主的な形の社会主義、のどちらかを選ぶことを迫られたら、彼はおそらくファシズムを選ぶであろう。」
op.cit.、p.46
In one way or another the tendency of all the writers in this group is conservative.***. Pound seems to have plumped definitely for Fascism, at any rate the Italian variety. Eliot has remained aloof, but if forced at the pistol’s point to choose between Fascism and some more democratic form of Socialism, would probably choose Fascism.

「当時の最高の作家についてでさえも、オリンポスの高みにいるようなその態度、目前にある実際的問題からあまりにもすばやく手を引いてしまうその態度は非難に値する。」
op.cit.、p.48
And even the best writers of the time can be convicted of a too Olympian attitude, a too great readiness to wash their hands of the immediate practical problem.

 一方エリオットは、1929年には、ロンドンの出版社 Faber & Faber 社の文芸部門のディレクターに招聘されていまして、その在任中持ち込まれたオーウェルの二つの作品、すなわち「パリ・ロンドン放浪記」、「動物農場」を「とても興味深いが、売れないだろう。」と丁重に拒絶しています。

※1 Toby Faber, Faber & Faber: The Untold Story (2019). なにしろ、「パリ・ロンドン放浪記」の原題が「A Scullion's Diary」と言うんですから、タイトルを見ただけで、エリオットは嫌がりそうですが。(See. Wikipedia George Orwell)

※2 このエッセイの存在と面白さを教えてくれたのは、鶴見俊輔『思い出袋』2010岩波新書です。そのp.44に「all time best」の一つとしてこれが挙げられていたのです。 オーウェルのエッセイそのものへの評は後日、記事としてupするつもりです。

※3 上掲中の、George Orwell, Inside the Whale, 1940 からの引用は全て、George Orwell: Inside the Whale から。

※See   T. S. Eliot vs. George Orwell (2): 本に溺れたい

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