2022年はインフレ元年:コストインフレの半世紀へ/ 2022: The First Year of Inflation: Toward a Half Century of Cost Inflation
2022年は、ドネラ・メドウズ(Donella H. Meadows)を主査としてローマ・クラブ・レボート『成長の限界 The Limits to Growth 』が1972年に発表されてからちょうど50周年です。50年後の眼から見ても、驚くべきことにこの報告内容はほぼ正確だった、と言えるようです。下記はその内容を象徴する有名なシミュレーションモデル図です。
〔出典は、電力自由化Q&A :「電気を選ぶ」ってどういうこと? | 電力・ガス比較サイト エネチェンジ〕
もう一つ、図を付け加えます。これは、Paul Chefurka(2007), World Energy to 2050, Forty Years of Decline です。エネルギー種別毎の生産曲線をあらわしています。
この二つの予測グラフから共通して言えることは、2020年±5年には、石油を含むエネルギー供給の合計はピークを過ぎ、それは二度と回復しない、ということです。
端的に言えば、私たち日本人にとり、輸入原油価格は高騰する一方、ということになります。
1950年代後半、中東地域の超巨大油田から、アメリカの石油メジャーによって世界中に非常にcheapな原油が輸出される仕組みが出来上がります。"無資源国"日本は自らのハンデを逆手に取り、なまじ有力な石炭産出国であった欧州諸国を尻目に、"石油の世紀"に見事に適応し、類例のない高度経済成長を成し遂げます(そのかわり敗戦後のエネルギー不足を支えたくれた炭坑町をすべて潰した)。そしてこの列島に有史以来最もリッチな社会を出現させました。列島の middle から lower classの人びと全員にモノを消費する歓びを与えたのです。この未曾有の不可逆的変貌に比肩しうるのは、戦国百年戦争終結から17世紀"徳川の平和"にかけての《高度成長》(=人口倍増と大開墾)だけではないかと思います。対米戦争の無条件降伏という苦汁を嘗めさせた"無資源国"という要因が、かえって幸福をもたらすとは、戦中、戦後の日本人は歴史のアイロニーというものを身をもって生きた人々といえるでしょう。
しかしそれから半世紀たち、この石油ジャブ漬け日本社会に、またしても歴史の女神クリオは難しい問いを投げかけます。原油価格の高騰です。オイルはいまの日本社会において、機械の動力源、輸送手段の燃料、オール家電を支える発電資源、百円ショップのすべての素材等、経済社会のあらゆる部門に直接・間接に投入されています。また、現代の先進国の生活スタイルにおいては、原油価格の高騰はすべての財・サービス価格の高騰に直結します。それは日本に限りませんが、とりわけ日本ではその快適な日常生活を支えている資源・エネルギーとしての石油の影響は大きい。
すでに、その兆候は顕著です。日銀は先日、2021年11月の企業物価指数を9.0%上昇と発表しましたが、これは41年ぶりの高騰です。
〔下図、出典は、企業物価41年ぶり伸び率 11月9.0%上昇、資源高で: 日本経済新聞 20211210〕
内訳では、石油・石炭製品の前年同月比+49.3%、鉄鋼の同+23.9%がやはり目立ちます。コンテナ輸送費などはコロナ前にくらべて6~7倍とうなぎ上りで、容積当たりの付加価値の低い金属部品は付加価値の高い電子部品に対してコンテナ確保交渉で競り負ける事態が出現していると言います。これはサプライチェーン上のボトルネック発生による「圧力・吸引」問題とも言えますが、原油価格の高騰は輸送・移動コストの上昇に直結することは否定しようもありません。牛丼チェーンにおける定番商品の価格引き上げの原因である「ミート・ショック」と言われる輸入肉の高騰も、輸送費・飼料価格の高騰によるものです。
1960年以降、敗戦国民日本人が戦勝国アメリカのホームドラマを夢見て作り上げてきた(かなり)快適な石油多消費型ライフスタイル。すなわち大量生産・大量消費・大量廃棄、エアコンによる冷暖房、マイカー、首都圏への人口集中等。そのすべての場面で石油が直接間接に投入されています。女神クリオはその戦後日本人の《生き方》を「どうするのか?」と半世紀後の列島住民すべてに問いかけています。しかしその答案用紙を実際に提出しなければならないのが、(いわば石油がぶ飲みとも言える)パーティーの終了間際に会場に到着した、ドリンクも、ジューシーな牛肉も、美味しいデザートにもまだありついていない平成・令和の青少年たち、というのは昭和世代の私から見て申し訳ないの一言。体がまだ動くうちに若い人たちに何かしてあげられることをしなくては、というのが来年の私の課題かつ願望です。
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