加藤楸邨の鉄道秀句/ Excellent Railway 'Haiku' by Kato Shuson
下記のエッセイから「鉄道句」というカテゴリーを教えられました。
府川雅明「楸邨そして電車臭」、『となりあふ』第5号 pp.24-5、2022 spring
そこに、加藤楸邨の鉄道秀句中の、筆者の表現で言う「永久欠番」九句が紹介されています。
「除雪車に雪降る海がうごきくる」
「黙ふかく冬の夜汽車を誰も聴く」
「長き長き春暁の貨車なつかしき」
「終電や踏みて匂はす忘れ葱」
「颱風の車窓青蜘蛛よこぎれり」
「氾濫や汽罐車ひとつ赤錆びて」
「こがらしやしかとくひあふ連結器」
「貨車押して片目は枯野見つつあり」
「冬日と兵省線の窓にたかまり来」
上句みな素晴らしいのですが、とりわけ
「颱風の車窓青蜘蛛よこぎれり」
「こがらしやしかとくひあふ連結器」
の二句が印象深い。これには、
「しかし日本には、一方に漢文の文章の影響からくる極度に圧縮された、極度に簡潔な表現、あるいは俳句の伝統からくる尖鋭な情緒の裁断、こういう伝統がやはり現代文学のなかにも生きていて、われわれの美しい文章というもののなかには、いかにも現代的に見えながら、なお漢語的簡潔さや、俳句的な密度をもったものが少なくありません。」
三島由紀夫『文章読本』第二章「文章のさまざま」末尾、中公文庫新装版2020年3月,PP.47-8
中の、「尖鋭な情緒の裁断」の見事な範例を見た思いです。
ブログ主renqing、こと上田悟司
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