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2022年3月25日 (金)

《知識の進化》と《進化の知識》:「ノイラートの船」と「進化のブリコラージュ」

 「ノイラートの船 Neuraths Schiff / Neurath's Ship」についての、日本語による簡にして要を得た説明は、岩波哲学・思想事典(1998年)の、野家啓一のものだと思います。そこではこう紹介/要約されています。

「われわれは、自分たちの船をいったんドックに入れて解体し、最上の部品を用いて新たに建造することはできずに、大海上でそれを改造しなければならない船乗りのようなものである。」
岩波哲学・思想事典(1998年), p.1250「ノイラートの船」

 野家の記述から、ノイラート自身の初出が2つわかります。A:単行本『反シュペングラー』(1921年)、B:論文「プロトコル命題」(1932年)の2つです。資料として引いておきましょう。ただし、ドイツ語原文ではなく、その英訳の DeepL による日本語への重訳です。英文は本記事の英語版に掲げてあります。

引用A
私たちは、大海原で船を再建しなければならないが、決して底からやり直すことができない船乗りのようなものです。梁を取り払ったところには、すぐに新しい梁を入れなければならず、そのために船の残りの部分を支えとして使います。このように、古い梁や流木を利用することで、船はまったく新しい形に生まれ変わりますが、それは徐々に再構築していくしかありません。
Otto Neurath, Empiricism and Sociology, Edited by Marie Neurath and Roert S. Cohen D.Reidl Publishing company(Dordrecht-Holland), 1973
Chapter 6. Anti-Spengler(1921), p.199

引用B
科学の出発点として、完全に安全な、きちんとしたプロトコルの記述を確立する方法はないのです。タブラ・ラサもない。私たちは、大海原で船を再建しなければならない船乗りのようなもので、ドックで船を解体し、最良の部品から船を再建することはできないのです。形而上学だけが、跡形もなく消え去ることができるのです。不正確な「言葉のクラスタ」[「Ballungen」]は、どういうわけか常に船の一部です。ある場所で不正確さが薄れれば、別の場所でより強く再出現する可能性は十分にあります。
Otto Neurath, Philosophical Papers 1913-1946, edited by Roert S. Cohen and Marie Neurath D.Reidl Publishing company(Dordrecht-Holland), 1983
Chapter 7 Protocol Statements(1932), p.92

 一方で、分子生物学者フランソワ・ジャコブ Francois Jacob(1965年ノーベル生理学・医学賞)はこう述べています。

引用C
 エンジニアとは違い、進化は、ゼロから新たなものを作り出すことはない。進化は、すでに存在しているものに作用して、ある系を新しい機能を持ったものに変換したり、いくつかの系をより複雑なものにすべく組み合わせる。(p.45)

それぞれの事例において、自然淘汰は、その時の手持ちの材料で、できる限りのことをしたのである。(P.49)

最後にエンジニアリングとの違いとして、ブリコラージュは仕事をより完全なものにすべく、しばしば新しい構造を古い構造に、置き換えるのではなく、付け加えるという点がある。(P.49)

以上すべて、フランソワ・ジャコブ『可能世界と現実世界』みすず書房1994年、「進化のブリコラージュ」より

 

 ノイラートは知識体系の改訂可能性について述べ、ジャコブは生物進化の過程について語っています。共通して描写していることは、「無から有は生じない。有はそれ以前の有からのみ生じる。」ということです。つまり、存在する者にはすべて歴史の刻印が押されている、とも言えるでしょう。

 野家啓一は、岩波哲学・思想事典の「ノイラートの船」の項を、「このようにノイラートの船は、さまざまなヴァリエーションを増殖させながら、現代哲学における中心的メタファーの役割を果たしている。」と結んでいます。知識体系の改訂は無論のこと、「生物進化」という創発現象も「新知識」の創出と見做せば、前者は《知識の進化》であり、後者は《生物種の改訂》です。哲学において「ノイラートの船」はメタファーですが、生物において「進化」プロセスは現実です。「進化」の機構の mechanism は、「ノイラートの船」の中身を実装するものと言って差し支えないと思われます。

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コメント

塩沢先生、コメントありがとございます。

Althusserの議論のご紹介、非常にヒントになります。そう言えば、Althusserとの出会いが、先生の若き日の転機になられたと記憶しています。

ご指摘の、structure toujours déjà donnée、から、先生は、経済学を「(構造の)再生産」的視点から革新する決意をされた、と記憶してます。

今回のご指摘で少し調べましたら、Althusserは、causalite structurale 構造的因果性、とうことも主張していると知りました。これなどは「(構造の)再生産」と同義の表現だと思いました。この言葉は、「再帰的因果性 reflexive causality」とも表現できそうです。すでにcyberneticsでは、feedbackという入出力関係で記述されているとも言えそうですが。

先生のご指摘をきっかけに、新しいカテゴリー
「Otto Neurath」「選択的親和関係(Elective Affinities / Wahlverwandtschaften)」も新作しましたので、ご参照頂ければ幸いです。

「選択的親和関係」の解説が先送りになってますが、そろそろ決着をつけようかと考えています。九鬼周造の「因果的偶然」と実質的に同じ概念だと以前気付いたのですが、ペンディングしていました。Althusserの構造的因果性を知り、ちょっとやる気がでてきました。

投稿: renqing | 2022年3月25日 (金) 21時59分

ノイラートの船の譬えは知っていましたが、これを進化と結びつけることには気がつきませんでした。生物進化もたしかに「ノイラートの船」ですね。これをもっと拡大することもできるし、考えなければならないのではと思います。

Louis Althusser は、たぶんこうした事情をまったくちがう表現、structure toujours déjà donnéeという概念で言ったのだと思います。これは、HusserlやHeideggerがimmer schon という表現をいろいろな場面で使ったことに影響を受けているのでしょう。たしかに、すべての社会構造は、つねに(いかなる場合でも)、すでに与えられた構造をもっています。経済学などの分析すべきことは、こうした「つねにすでに与えられた構造」がいかに変わっていくか、にあるのでしょう。変わる原因のなかには、人間の行動もあります。

経済学のなかのWalras理論(現代版はArrow and Debreu 1954)は、Schumpeterが『経済発展の理論』のなかでAb ovo (たまごから、まったく新たに)と呼んだ理論構造をとっていますが、それがそもそもまちがいなのでしょう。

投稿: 塩沢由典 | 2022年3月25日 (金) 12時41分

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