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2022年5月 1日 (日)

なぜヨーロッパ史はスキャンダルになったか

下記は、
関 曠野『なぜヨーロッパで資本主義が生まれたか ―西洋と日本の歴史を問いなおす― 』2016年3月NTT出版
からの引用です。

 重要な記述だと思いますが、非常に射程の大きな議論なので、私自身ではその当否を決めかねます。そこで、弊ブログ記事としてネット上に公開し、皆様にも考えて頂く資源の一つとして頂き、その当否を考える機会にして頂ければと愚考した次第です。

※参照 なぜヨーロッパ史はスキャンダルになったか(2): 本に溺れたい

本書、pp.37-42

◆なぜヨーロッパ史はスキャンダルになったか

 ところで、なぜヨーロッパの歴史は一連のスキャンダルになったのでしょうか。
 たとえば中国、インド、中東やインカ帝国の歴史にスキャンダルの要素はなかったのでしょうか。人類の歴史はどこでも基本的に富と権力を握る者の悪が栄える弱肉強食の歴史でした。これは歴史の事実であってスキャンダルではありません。スキャンダルとは常に権力に関わるもの、権力の隠されていた醜悪な正体が露見することです。しかし、中国の皇帝は西域に討伐の軍を送るに際して、覇道を王道に言いくるめることはありませんでした。ムハンマドの時代のイスラムは、自分たちの戦争が制服される人びとにとっては聖戦ではありえないことを承知していました。
 そして、イワン雷帝やピョートル大帝のロシアも普通の帝国でした。ところが、ヨーロッパの思想に感化されたボルシェヴィキが作りだした旧ソ連は二十世紀最大のスキャンダルになりました。ヨーロッパ文明の特徴は、権力と覇権の飽くなき追求が真理や理想や普遍的正義の名の下に知的に正当化されてきたことにあるのです。この文明には暴力が潜在していますが、それは知に構造化された暴力なのです。広島と長崎に投下された原爆はそういう暴力が発現した例と言えるでしょう。
 そして一連のスキャンダルの発端は、四世紀にコンスタンチヌス帝が発したミラノの勅令によってキリスト教がローマ帝国で公認され、やがて国教になったことにあります。先にお話したようにローマは共和政を廃止することなく形骸化させるかたちで帝政に移行しました。だから、皇帝は臣民の生殺与奪の権を握っていながら、「同等中の第一人者(PRIMUS INTER PARES)」ということで「元首(PRINCEPS)」と名乗っていました。これ自体スキャンダルですが、キリスト教を国教にした権力者の愚民政策によって、この建前と実態の分裂がさらに深まったのです。
 というのも、これはギリシャ哲学とイスラエルの一神教を強引に接合することを意味していたからです。これは水と油を混ぜ合わせることです。ローマの裕福な貴族支配層の思想的支柱は一貫してギリシャ渡来の哲学でした。彼らはその中でもヘレニズム世界に広まったストア派の哲学を信奉し、この哲学の核心には自由意志の教説がありました。古代ギリシャ語には「意志」にあたる言葉はありません。だから、たとえばアリストテレスは『ニコマコス倫理学』で個人にその行為の責任を問える条件を詳細に論じていますが、その中に「意志」という言葉は出てきません。「意志」の観念はストア哲学における自由と必然の対立から生じたものです。ストアはソクラテスとプラトンから徳は知であり、人は哲学の「パイデイア(教養)」によって向上しモラルのある幸福な存在になれるという説を継承する一方、ギリシャの自然学から決定論的宇宙観を引き出しました。そして人は、宇宙を支配しているロゴスは神の摂理でもあることを哲学によって認識し、自然に従って生きることで内面的に自由になると論じました。

◆水と油の相克 ― 西欧のキリスト教文明

 人間は奴隷の境遇にあってさえ哲学によって内面的に自由になれるというこの説は、ローマで歓迎されました。ストア哲学者だったマルクス・アウレリウス帝がその見本ですが、ローマでは皇帝でさえ奴隷制度に縛られた奴隷にすぎなかったからです。自由意志の観念の背景には奴隷制の社会がありました。他方でユダヤ人の聖書においては、この世のすべての出来事は神によって予め決められています。そして、アダムとイヴが知恵の木の実を食べたことによって、人間は楽園から追放され、その後の人間は世界のすべての出来事を予定し動かしている神意を知ることはできない。人間は神が布告した律法に二心なく服従しながら神の恵み、深い配慮を祈り願うことしかできない。
 このようにギリシャ哲学とユダヤの聖書は思想としては水と油です。しかし、この矛盾はローマ帝国においては深刻な問題にはなりませんでした。ローマの富裕な貴族的支配層の思想的支柱は常に哲学であり、彼らにとって宗教は無知な愚民を欺き操るための政治的な道具にすぎなかったからです。だからキリスト教が国教になった後も皇帝たちは相変わらず権謀術数に耽り、キリスト教徒らしく振る舞った者など一人もいません。
 しかし、ローマ帝国の滅亡後にアルプス以北の未開な西欧で、帝国の遺産を土台に中世キリスト教文明が誕生したことで問題が表面化してきます。ローマでは権力エリートのご都合主義的な政策の産物であったことが、ここでは新しい文明の思想的基盤になってしまった。その結果、ギリシャ哲学とヘブライの一神教は水と油であるためにキリスト教文明は絶えざる混乱、分裂、危機に苦しむことになりました。水と油は溶け合うことがない。こうしてヨーロッパは、知と信、理性と啓示、トマス・アクィナスの実念論とオッカムの唯名論の矛盾と相克に悩まされることになる。近代においては、それは十六世紀の宗教戦争の時代のエラスムスの自由意志論とルターの奴隷意志論の対立、あるいはカント哲学における理論理性(知)と実践理性(信)への理性の分裂として繰り返されます。
 そして、すでにローマ帝国の時代にもキリスト教会の内部では信と知の相克は問題であり、論争が絶えませんでした。二世紀のローマ領アフリカの護教家テルトゥリアヌスは「三位一体」という言葉を初めて使った人で、西方キリスト教会の神学の創始者とされていますが、彼はキリストにおける神の受肉について、「それは矛盾なるがゆえに信じるに値する」と言いました。
 この自由意志と神の意図の問題で論争の焦点になったのは原罪の教義でした。四世紀のケルト人の護教家ペラギウスは自由意志論に傾き、神に服従するか否かは人間の自由であり、人間は自力で道徳的に向上することが可能で、神はそれを助力するだけと主張したようです。これは当然予定説と原罪の教義の否認につながる。聖アウグスティヌスはこのペラギウスに対する反論によって、後のカトリックやプロテスタント諸派の神学の定礎を据えました。彼は、神の恩寵なしには人間は聖者でさえ罪人にすぎないと反論しました。後にルターが同じことを激烈に主張し、それが宗教戦争を惹き起こしました。大方の日本人にはペラギウスの方に道理と常識があると思えるでしょう。しかし、ヨーロッパでは、常に異端者は原罪を否定するペラギウス主義の嫌疑をかけられてきたのです。

◆産業革命の神学、マルクス主義

 この哲学と聖書の相克が、ヨーロッパの歴史が一連のスキャンダルの歴史になった根本原因です。そして、キリスト教文明は結局、テルトゥリアヌスの「それは矛盾なるが故に信じるに値する」を超えたことがないのです。ちなみにマルクスの革命論もユダヤ系ドイツ人のマルクスが哲学と聖書、アテネとイエルサレムを強引に合体させようとした試みから生まれたと言えるでしょう。
 後でお話ししますが、ヘーゲルが哲学を歴史哲学に解消させました。そこでヘーゲル左派だったマルクスは、ヘーゲル哲学は歴史に秘められた神の救済計画というユダヤ思想と統合できるように思われた。その背景には産業革命による十九世紀の世界の急速な変貌がありました。マルクスにおいては生産力の発展や階級闘争の論理は、歴史を司る隠れた神意の役割を果たしています。マルクス主義は、いわば産業革命の神学なのです。マルクスはヘブライの迫害された神の選民を工業プロレタリアートに置き換えました。そして工業化する社会の苦痛にみちた変動を、人類が共産社会という約束の地に至る茨の道として説明しました。
 この教説は社会の激変に翻弄される人々に、キリスト教がローマの奴隷に与えたものに似た慰めと希望をもたらしました。これは理論ではなくトラウマに対する心理的補償の問題です。ですからロシア革命が収容所列島を作り出した後も共産主義者は現実を否認し、これはレーニンやスターリンがマルクスの聖典を曲解したせいだと言い張りました。そして、この神学を教理として独断的に信奉したソ連共産党は、ロシアの文化と国土をかつてない規模で荒廃させることになりました。こうした点では、マルクス主義はヨーロッパが世界を巻き込んだその最大のスキャンダルだったと言えるかもしれません。ではどのようにしてマルクスの革命論は、そんな世界的スキャンダルになったのでしょうか。

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