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2022年8月31日 (水)

「科学者の創造性」湯川秀樹(1964年5月)

・必要条件である執念深さ(pp.339-41)

 (中略) 要するに学問することそれ自体が執念です。執念深く、つまり、なにか執念にとりつかれてやっている。いやしくも学に志す人はみんな、それだけの執念をもっておったに違いないのでありますが、その執念がどのくらい強いか、どのくらい執念深いか、これは学者によって違う。しかし、執念深いから成功するとはかぎらない。いくら執念深くても成功しない人もありますね。(中略) 執念深いということは確かに必要条件だと思います。しかし、十分条件でないことも確かです。

 なぜそういう執念をもつのかということになると、(中略)、その人が非常に深刻な、内部的矛盾をもっているということと非常に関係があると思います。

 (中略) 聖者とか聖人とは違うタイプの天才、あるいは天才に準ずるような人は、自分のなかにいつまでも深刻な矛盾を残しているようであります。ある一つの考えに執着しているけれども、しかし、それと反対の考えが自分のなかから抜けきらない。ああでもない、こうでもない、もっとほかの考えの方が良いのではないか、というように、信じたり迷ったりしながら、いつまでもやっているのが学者というものでしょうね。

 (中略) ある学者がある説を強く主張している。いかにも、それを百パーセント信じているように見える。しかし案外、本人の心の中では、それと反対の説が気になっている。そういうことが多いのではないでしょうか。すぐれた仕事をする人は、そういうものです。それだからこそ迫力があるのでしょう。自分のなかでまずたたかっておりますからね。自分で悟ってしまったら、なにも論文を書く必要はない。論文を書くのは、他人が目あてのようにみえますが、それよりもまず、自分にいいきかせるためであります。

・天才と奇人(pp.341-3)

 いずれにしても矛盾ということと執念ということとは非常に関係があるわけですが、しかし、矛盾を含んでいるとか、ある一つのものに執着するとか、一口にいっても、その執着するところは、いろいろあるわけです。非常に高い理想、それは容易に達成できないような非常に大きな遠いものかもしれない。それを達成しようとする人は、仕事のスケールも大きくなり、大きな仕事を成就する可能性も出てくる。そのかわり一生かかっても、まとまったことはとうとう何もできなかった、という結果になる公算も非常に大きくなるわけです。

随想全集 第九巻/石原純・朝永振一郎・湯川秀樹、昭和44(1969)年、尚学図書、所収
 ※カラーフォントは引用者による


※参照 誰にも言えそうなことで、誰も言えなかったこと(2)/ What anyone could have said and no one else could have said (2): 本に溺れたい

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