価格を決定するものは、「需要」ではなく、「費用」である(2)/ What determines price is not "demand" but "cost" (2)
前回 の補遺のようなものを書きます。
前回触れた、塩沢由典の「最小価格定理」に関しては、以下の論文も啓発的で、この定理についての理解を深めてくれます。
1)塩沢由典「生産性、技術変化、実質賃金」『季刊 経済理論』vol.56,no.3, 2019年/10月
上記の論文は、下記、J-STAGEサイトからPDFファイルとしてDLできます。
https://doi.org/10.20667/peq.56.3_7
SMTの理論的帰結を、かなり簡潔に具体的データを利用して説明したものです。とりわけ「最小価格定理」から実際の経済問題を分析するとどのようなことが言えるかを語っていて、この定理の重要性、切れ味がよくわかります。途中、ベクトルや行列の計算式がありますが、躊躇せず、最後まで読むことをお勧めします。
2)ウェーバーの「計算可能性」概念
ウェーバー「経済行為の社会学的基礎範疇」(富永健一訳)
中公バックス版「世界の名著」 第61巻、『ウェーバー』1979年、中央公論社、所収
ここでウェーバーは幾度となく、近代資本主義(近代産業社会)が成立するには、資本計算の形式合理性、計算可能性が必須である、と述べています。ついでに言えば、近代的な法の形式性、安定性の重要性も、ですが。
無論、ウェーバーがここで言っている「計算可能性」とは、塩沢の言う、コンピュータサイエンスからもたらされた、数学上の「計算可能性」や「計算量の限界」のことを指しているわけではありません。簿記的、会計学上の「計算」の可能性のことです。簿記的、企業会計的な貸借対照表、あるいは損益計算書上の「計算」可能性です。
これは言葉を変えていえば、損得を数量的に確定できることです。なんでこんな分り切っていることを縷々ウェーバーは言うのかといえば、初期近代に西欧諸国民をモチベートした例えば「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「ヴェニスの商人」のような、冒険的、投機的、一発屋的な巨額の富を一挙に稼ぐのでなく、地道・確実に予想利益を毎年稼ぐことを目指すエートスを有する人々が織りなす社会、それが資本主義経済(産業経済)の成立には必須だ、とウェーバーが考えていたからに他なりません。サンプルに、一文を引いてみます。
(五)技術的な生産条件の完全な計算可能性〔機械的に合理的な技術〕
(六)行政的ならびに法的秩序の機能的達成の完全な計算可能性、および政治権力をつうじてのすべての協定にたいする信頼しうる純粋に形式的な保証
中公バックス版「世界の名著」 第61巻、『ウェーバー』1979年、中央公論社、第IV章30節資本計算の形式最大合理性の条件、p.436
ここには、株価や商品市場のような価格の乱高下や、「債権」「債務」が王や権力者たちの一存で踏み倒されたりしないような(例えば税制が猫の目のように毎年変更される、戦争準備のためにいきなり増税される、など)、「安定」した形式的秩序をウェーバーが展望していることが看取されます。
つまり、近代産業経済のように複雑・緻密な分業によって相互に連結された(バンドルされた)経済は、システムのイレギュラーな歪みから短期で莫大な利益を求める人々によって運営されるのではなく、レギュラーで、来年も十年後もある程度計算できる「稼ぎ」を是とする人々によってこそ運営可能であることが指摘されているわけです。
これは、実は「最小価格定理」が有効である経済そのもののことではないでしょうか。合理性の限界下にある、一人ひとりの人間は局所的世界でこそ、有効な知識に基づいて有効な働きかけが可能となり、その小さな最善を求める局所的努力が結果的にマクロで集約されて「最小価格定理」として実現し、大局的な善(多くの労働者の実質賃金の上昇)として還元される。ミクロな私的利益の追求がマクロな公的利益を帰結する。すなわち、アダムスミス問題の核に「最小価格定理」が存在する、という訳です。
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