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2023年7月19日 (水)

「鐘」と「撞木」の弁証法、あるいは、プロンプトエンジニアリング(1)

社会学者の加藤秀俊が、『取材学』中公新書1975年に、interviewerとintervieweeの関係を、鐘と撞木に例えていました。鐘がすばらしく鳴るには、良い鐘であるとともに、撞き手の技量(問題領域に対する理解度、事前の準備、質問の工夫、質問者の知的水準、知的バックグラウンド)に左右される、と。まさに、chatGPT は、極めて優れた鐘であり、このAIに素晴らしい音を鳴らせることができるか否かは、この鐘の特性や傾向を理解して、どこを、どう撞けば、今の自分に最も有効な音をならせるか、という撞き手の手腕が露骨に出てしまう情勢まで、時代は来ているということです。


「問題の発見」「問題の定式化」「問題の提示」等に関して、その重要性を典型的に示すのは、数学の世界です。

20世紀の劈頭(1900年8月)、ヨーロッパ数学界の大親分である、ヒルベルトは、第二回国際数学者会議(パリ)で、「数学の将来の問題について」という招待講演をおこないました。ここで、ヒルベルトは23の問題(のちに「ヒルベルトの問題」と呼ばれます)を提出しました。そして、この「ヒルベルトの問題」が、20世紀の数学を駆動する強力な推進力となりました。21世紀おいて、この「ヒルベルトの問題」を引き継いだのが、2000年にクレイ数学研究所によって発表された7つの問題.いわゆる「ミレニアム懸賞問題」です。

ヒルベルトは,23の問題をあげる前に,数学の発展における「問題」の重要性を説明しています。そこに、「良い問題」の条件として,はっきりしたわかりやすいものであることや,一般化することとともに特殊な例をよく理解することの重要性も述べています。

AIへの質問力を強化するためには、「使い倒してみる」(経験値を上げる)ことがまず必要でしょう。また、AIからのフィードバックである回答文の「質」を吟味できる「読解力」が必須です。これが無いと、自分の質問文のどこらへんが、AIに今回のそのような回答を誘導したのか、がさっぱりわからず、自分のAI質問力を改善、向上させることができません。すると、いつも、薄ぼんやりした質問に対して、合っているような、そうでもないような、薄ぼんやりした、AI回答しか得ることができない、という空しい所業となり果てます。

今井むつみ・秋田喜美 著『言語の本質』2023年5月中公新書、にこうあります。
「人間の赤ちゃんは、ひとたび何かについて知識を得ると、すぐにそれを別の機会に適用し、別の知識の学習に使う。この『知識を使う力』つまり『知識が知識を創造する』というパターンは、人間以外の動物にはみられないものである。」p.207
「今ある知識がどんどん新しい知識を生み、知識の体系が自己生成的に成長していくサイクル」p.218

今後、chatGPT 等のAIを上手に使いこなすのは、やはり、子ども、若い世代でしょう。そしてそのやり方を身に着けた子どもは、「自己生成的に成長」していく可能性が高いと思います。なにしろ、AIは、どのような質問にも、人間の感覚で言えば、「瞬時に」応答してくれるからです。AIを試行錯誤の道具として運用できる子どもは、もはや知識を身に着ける場所としての「学校」を必要としなくなるような気もします。むしろ身体性を鍛える、身体的経験をする場が、別途必要になるのではないか、というのが、私の暫定的見通しです。

(2)へ、続く。

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コメント

これ面白い。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/518e82be20dbeb8e106bba2af4440fe3#comment-list

>よく考えたら日本の教育方針とは記憶優先で批判精神を育むのはほぼゼロだった。日本のキャリア官僚など東大法学部卒の知的エリートですが、実は限り無くチャットGPT人間に成りきることだったとの怖いオチ

>しかし今の日本の現実は、記憶力重視の詰め込み教育の弊害で、ChatGPTソックリの中国科挙の秀才しか生まれない構造に日本国の全体がなっている。外国語への変換とか校正などには人間以上の能力を持っているらしい最新型のChatGPTですが、平気で嘘をつくし、勝手に客観的事実を作り替える(全く悪意を持っていない。ですから、決して反省しない)
>今井 むつみ慶応義塾大学環境情報学部教授によると、簡単な分数が分からない落ちこぼれ小学生と最新型ChatGPTが同じ欠陥だと指摘していた

少なくとも、明治以降の日本の「学校教育」は、大概が間違いだったって言いえる。

投稿: 遍照飛龍 | 2023年8月10日 (木) 09時14分

面授 みたいな「身体的経験」って大事ですよね。

でもそれに固執すると「集団生活が絶対の牢獄化」て現状に成ってますし。

義務教育は「集団生活を仕込んで、工場労働者か軍人にする」ってことに特に日本は。、固執しているので、かなり賞味期限が切れているところが多いと思えます。
「集団生活を仕込む~文明化~家畜化」になって、家畜にならざる子供が「いじめ」「不登校」になる面もありますし。


「全員が前を向く教室」では頭のいい子は育てられない…アメリカで公立校を見限る親子が急増している理由
https://president.jp/articles/-/71907

「学年なし」「時間割なし」だった江戸時代の教育 識字率世界一は「多様性」が支えていた
https://dot.asahi.com/articles/-/194937?page=1


学校教育ってのは、教育の質からしたら、寺子屋からの劣化でしかなかった。


chatGPTて「貧者の家庭教師」って言われたりしてますが、それも結構「あたり」かもって。

投稿: 遍照飛龍 | 2023年7月27日 (木) 20時54分

遍照飛龍 さま

確かに、physical な体験、と限定してしまいますと、いろいろ問題点がありますね。
そういえば、私の母方の祖父は失明者でした。酒盛りがあると三線(さんしん)を娘や孫たちに持ってこさせ気分よさそうに鳴らしていました。

近代の「義務教育」システムは、このchatGPTの出現で、その意味を喪失しそうですし、もうそれで良いのでしょう。「義務教育」制度の損得をまじめに考えると、既にマイナス決算になっていそうです。

投稿: renqing | 2023年7月25日 (火) 23時37分

身体的経験って、難しいと思います。

特に私は発達障害もあって、学校の体育に辛酸をなめているので。

最近「椅子軸法」の動画を見てますが、面白いです。
https://www.youtube.com/channel/UC74GHh4GkKoTHzssH9vlp1w


投稿: 遍照飛龍 | 2023年7月22日 (土) 19時59分

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