暑き日を海にいれたり最上川(芭蕉、1689年)
暑き日を海にいれたり最上川(奥の細道、1689年、元禄2年6月14日)
暑気払いに芭蕉の句をひとつ。山本健吉の《読み》でご堪能ください。
この句について、露伴の解は非常にすぐれている。「此の句の「暑き日」は爛々たる大日が海に入り終らうとして僅かに十の一を水の上に見せてゐるところだ。それが最上川の押し出る向うの方にあつて、それを最上川が海へ押し入れたものとして表はしたところがよい。「入れたり」と云つて川の力にしてゐるところがこの句の急所である。技巧であるが技巧に堕せず句に趣もあり力もある。」また阿部次郎が、実景の経験から次のように言っているのも、参考になる。「東に山を受けて西日の暑いこの辺の夏の日には、丁度河口の沖に沈んで行く日の行衛を見送つて夕の涼しさがやつて来るのである。…私は行きずりの旅行者芭蕉がその土地の風土の神髄を剔出する霊腕に驚嘆する。この句は涼しさの句で暑さの句ではない。夕暮の句で日中の句ではない。大河の勢が暑き太陽を流して海に入れてしまふのである。太陽が大河に流され海に吐き出され沈められてしまふのである。」これでこの句の景観は、言い尽しているであろう。日を海の彼方へ押し出す力を想像することは、逆の例ながら私に、夕日を扇で招き返した湖山長者の伝説を思い出させる。ずばりと一本に通った力強い表現であり、その表現は複雑な心裡の過程を経た、詩人の想像力の勝利である。
山本健吉『芭蕉 その鑑賞と批評(全)』昭和32(1957)年新潮社p.282、昭和49年8月20日10刷から
この句への、私の第一印象をご参考までに付します。
ずっと後年の、大正新感覚派のミクロスコピックで、物的な描写を、むしろ宇宙大にして先取しているような、と言うものです。
コスモロジカル、という点では、与謝蕪村の、
菜の花や月は東に日は西に〔蕪村句集、天明二(1782)年〕
も想起します。しかし、蕪村のこの句は、陽と月という二つの光、twilight(「誰そ彼 たそかれ」)のスナップショットの、静的な、大きな襖絵、という宇宙的で大胆な叙景句です。一方、先の芭蕉の句は、暑さがようやく収束して涼しげな川風を感じる、動的で、むしろ身体的な感覚で掴み取られている感じがします。
皆さまはいかがでしょうか。
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