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2023年11月12日 (日)

秋の絶景、大村湾:日本の《真珠湾》、長崎県

松本 和志 - 秋の大村湾は美しいね。 | Facebook
からお借りしました。海面の波紋と千切れ雲の対照が際立ちます。素晴らしい。松本さん、ありがとう。
大村湾は、琴湖ことのうみ、という美しい別名があるとのこと。

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ヴァリニャーノ「日本巡察記」によれば、一五六三年(永禄六年)に受洗したドン・バルトロメオ(大村純忠)の庇護によりその親族や主要な人々がキリスト教徒になり、また短期間で全領民が改宗したので、小さな入海が分ける二つの地域にそれぞれ修院を設けて、三人の司祭と数名の修道士を置いたという。大村湾の名称は寛文元年(一六六一)長崎出島のオランダ商館長(ヘンドリック・インダイクか)が命名したものといわれるが(シーボルト「江戸参府紀行」)、また琴湖とも称されていた。

湾内に生息するアコヤガイから貝の玉(真珠)が採れた。一六三八年(寛永一五年)平戸オランダ商館は大村で採らせた真珠の見本をアムステルダム号で祖国に送り、商館長カロンはその結果はより大きな真珠を、漁夫にはより多くの賃金を支払って採取することになるだろうとしている(一六三九年二月一一日「ランソワ・カロン覚書」平戸オランダ商館の日記)。寛文元年長崎の商人筒井太左衛門・井上甚兵衛が請銀三〇枚を出して内海でアコヤガイの珠を採ったのが大村領内真珠の始まりで、明との交易品としたという。

上記記事、2点とも、『小学館日本歴史地名大系』「長崎県」の項、大村湾、より引用。

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