近代工業技術の人類史へのインパクト/Impact of Modern Industrial Technology on Human History
そしてこの底流の動因をなしているものは近代工業技術である。技術はコンヴィヴィアルな道具たるべきだというイリイチの主張には異論はない。しかし残念ながら人間は挫折と失敗をとおしてしか学び得ぬ存在である。古代の運命にように発展してきた近代技術は、たとえセクソシスト体制をとおしてであれ、危機をとおして否応なく人間にその歴史的自己了解の様式の転回を強いる両義的で、教育的な力を秘めている。それ故に、核戦争の脅威や環境の危機にもかかわらず、現代技術が人類に及ぼす長期的なインパクトは肯定的なものと考えられる。この点でイリイチの現代文明批判は、マルクスを「経済人」のイデオローグと見る視点を含めて、いささか性急にすぎ、彼の師ポランニーの一面性と抽象性を受け継いでいるところがあるように思う。
関 曠野/書評「ホモ・エコノミクスの興隆 ― I.イリイチ『ジェンダー』」、1985年5月、より
関 曠野『資本主義 — その過去・現在・未来 — 』影書房1985年11月刊、pp.246-9に所収
上記の関 曠野のイリイチへの書評へ、評注ようなものを書いてみました。以下、ご笑覧頂ければ幸甚。
ひとは、(喜びに満ちた)生をできる限り追求しよう《living behavior》とし、あるいは(その可能性を閉じてしまう)死をできる限り避けよう《death-avoiding behavior》とします。
したがって、人の行動の帰結が「生」に対して、 negative になる事態にも二つの場合があります。一つは、生き生きとした、その生を実感(実現)したい(「生ー追求行動」)としているうちに「死」を願望してしまう場合。二つは、「死ー回避行動」を目指しているのに、その行動によってむしろ状況がますます悪化し「死」を回避できなくなる、「死ー追求行動」です。
前者は、例えば、来世での幸福を求めて、あるいは涅槃を求めて、自死してしまうこと、など。後者は、大日本帝国の1942年から1945年にかけての、失政の累積から断末魔まで、が典型です。
現代の、技術信仰(techno-cult)は後者に該当するでしょう。それは、オゾン層破壊の悪玉フロンが、GMによって開発され、1930年にGMとDuPontにより商品化されたとき、その物質的安定性(金属を腐食しない、無色無臭、不爆発、不燃性、低毒性)から「夢の化学物質」として、極めて広範な化学製品に使用され、1970年代になってオゾン・ホールが問題視されるに伴い、1980年代にフロンがその原因物質として特定されるプロセスが物語って余りあります。研究室レベルでなら「夢の化学物質」であったことは事実です。ところが地球規模で、大量、広範囲に使用したことで、「悪魔の化学物質」でもあることが事後的に判明したのです。
つまり、人間の意図/目的が、どれほど洗練された合理性(「死ー回避行動」の極致)に基づいていたとしても、その行動の長期的/マクロ的帰結が、所期の意図/目的を十全に実現できると断言することは、容易なことでは無いのです。それは、人間という生物が持つ合理性の限界(bounded rationality)故に万人が免れ得ません。そしてこの手痛く、苦い教訓は、人間存在への人間自身の理解に、深みと陰影を与えます。そしてそれを万人の眼に触れるよう語り/書き残すことが知識人の存在する一つの意味でしょう。
人間が、自己の成長への渇望、知ることへの欲求によって突き動かされる、欠陥多き生きものならば、たとえその行動の諸帰結に、核戦争の脅威や環境の破壊の経験が含まれるとしても、長期的に見て、それも人間存在の正体を人間自身に開示する一契機でもある、という関 曠野の見地を、私も支持しますし、人類史的視野を有する卓見であると、21世紀の今日においても評価します。
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