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2024年9月18日 (水)

リア・グリーンフェルド『ナショナリズム入門』2023年11月慶應義塾大学出版会/訳:小坂恵理, 解説:張 彧暋〔書評②〕

まことに恐縮ですが、誤訳、誤字と目されるものが散見しますので、内容を論ずる前に片づけておきます。

◎誤訳/誤字

 以後、頁数の指示は、本訳書からのものです。

 ◆誤訳①

 「原則としてルサンチマンは、集団としての個人や民族としての個人を重視するタイプのナショナリズムで発生する。あらゆるナショナリズムと同様、必然的に民主主義から生み出されるが、リベラルな民主主義ではなく、独裁主義的な民主主義である。」「日本語版への序文」p.vii

  私は初見の際、下線部に違和感を覚えました。上の訳文では、2通りの解釈が可能となります。

 1)《ルサンチマン》は、必然的に、《民主主義》から生み出されるが、とりわけ《独裁主義的な民主主義》から生み出される

2)《あらゆるナショナリズム》は、必然的に、《民主主義》から生み出されるが、とりわけ《独裁主義的な民主主義》から生み出される

、の2つです。

  そしてこのどちらにしても原著者の議論とは因果関係が逆転しているのです。原著者グリーンフェルドは、「近代 modernity」総体を生み出した駆動力 driving force こそが、「ナショナリズム」である、と破天荒にも主張しているからです。モダンなデモクラシーを生み出したのも、England 以外の Latecomers たちの心にルサンチマンを植え付けたのも、「ナショナリズム」である、というのです。

  訳者に対して、公平を期すために、原著者のサイト上にpostされている「 Preface to the Japanese Translation of Advanced Introduction to Nationalism, 2020  Liah Greenfeld 」から当該箇所の原文を以下に引いておきます。その下の日本語訳は、DeepL による訳文です。AI訳のほうが原文に忠実で正確だと私は判断します。 

As a rule, ressentiment ― based nationalisms belong to the collectivistic/ethnic type, which, while necessarily democratic, like every nationalism is, produce an authoritarian type of democracy, as opposed to liberal democracy. 〔著者日本語版序文から該当箇所〕

 「原則として、ルサンチマンに基づくナショナリズムは集団主義的/民族主義的なタイプに属し、あらゆるナショナリズムがそうであるように、必然的に民主主義的ではあるものの、自由民主主義とは対照的に権威主義的な民主主義を生み出す。」〔DeepL 訳〕

 誤訳②

 ドイツのロマン派や観念論哲学者の研究のなかで、個性や全体性の絶対的なアイデンティティを確立するための表現としての全体主義は、そもそも全体主義という言葉は誕生した。哲学やイデオロギーや感情として、根本的には、ナショナリズムやモダニティ、個人の自由を強調する民主主義への心理的反動である。(第3p.104、下線は引用者が強調)

Originally articulated as the desire for the absolute identity of individuality and totality in the work of German Romantics and idealist philosophers, totalitarianism, as a philosophy, ideology or sentiment, is, at its root, a psychological reaction to the nationalism, modernity, and democracy which emphasize individual freedom. 〔原著p.65原文、カラーフォントは引用者強調〕

もともとドイツ・ロマン派や観念論哲学者の作品において、個性と全体性の絶対的同一性への願望として明確に表現された、哲学、イデオロギー、感情としての全体主義は、その根底において、個人の自由を強調する、ナショナリズム、近代性、民主主義、に対する心理的反動なのです。〔DeepL 訳〕

哲学、イデオロギー、感情としての全体主義は、もともとドイツ・ロマン派や観念論哲学者の作品において、個性と全体性の絶対的同一性への欲望として明確に表現されました。この全体主義は、その根底において、個人の自由を強調する、ナショナリズム、近代性、民主主義、に対する心理的反動そのものなのです。〔ブログ主訳〕

◆誤字①

誤→ロマン派ナショナリズムの世界観(Waltanschauung)〔第3章p.123〕

正→ロマン派ナショナリズムの世界観(Weltanschauung)〔原著p.77〕

◆不適切訳①

さらにオランダ共和国が、「金融革命」を経験した最初の政治的統一体だったことは間違いない。金融革命という言葉はイングランドの現象を表現するための造語だが、これがイングランドで発生したのは1688年の名誉革命よりもあとのことだ。金融革命という概念は、・・・。〔第4章p.150〕

上記原文〔p.95-6〕は、’financial revolution’ ですが、これはP.G.M.Dicksonが’The Financial Revolution in England’,1967, Macmillan, で提唱した概念で、西欧初期近代史では、通常「財政革命」と訳され定着しています。これを無視するにはかなり強い根拠が必要です。

※「財政革命 financial revolution」については、下記、弊ブログ記事をご参照。
名誉革命=英蘭コンプレックスの出現 (Anglo-Dutch complex): 本に溺れたい

 以上、またしても本文の内容を論ずることができませんでした。次回の以降でその責は果たします。

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