坂野潤治

2010年3月30日 (火)

支配の事実か、事実の支配か

 私はここ十年くらい「明治維新」は、薩長の軍事力による暴力革命政権であり、正当性の根拠は皆無、と考えてきました。そして、司馬遼太郎のような「明治」への懐メロ礼讃は、所詮、戦後の自民党一党独占政権と高度成長を正当化するイデオロギーとしてしか働かないと思っていました。

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2010年2月22日 (月)

坂野潤治+大野健一『明治維新 1858-1881』講談社現代新書(2010年)

 本書は三つのパーツに分かれます。第1部 明治維新の柔構造、第2部 改革諸藩を比較する、第3部 江戸社会――飛躍への準備、の三部構成です。

 第1部は、坂野氏の最近の持論(←『日本憲政史』『未完の明治維新』 など)を書き直したもので、坂野氏のよい読者なら、用語などに変更はありますが、それほど目新しいものはありません。本記事最後の詳細目次を見ればある程度内容も推測できるでしょう。

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2009年8月25日 (火)

オブジェクトとしてのデモクラシー (Democracy as an object)

 デモクラシーを列島史の中で生起した生政治(Bio-politics)の一部として議論するとき、批判的な文脈で言及されることが多い。

 曰く、制度のとしてのデモクラシーは存在しても、それを動かす国民にはエートスとしてのデモクラシーが欠けている、とか、曰く近代原理としてのデモクラシーにふさわしいモーレスを形成できていない、とか。そして、「だから近代日本のデモクラシーは本物ではない」といった風に言われてしまう。

 確かにそういった指摘を免れない側面は存在するだろう。ただ、それがこの列島住人だけの特徴かといえば、そうとばかりは言えまい。それは米国民が ブッシュを選んだり、英国民がサッチャーやブレアを選んだりすることだってあることを見れば多少わかろう。現代国家における国政レベルでは、数千万人のデ モクラシーや数億人のデモクラシーが運営されているのだから、見事にワーキングしないことは十分ありうる。

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福沢諭吉の人民「胡蝶」論(1879年)

試に(こころみ)彼の胡蝶(こちよう)を見よ。その芋虫(いもむし)たるときは之を御(ぎよ)すること甚(はなは)だ易(やす)し、指以(もつ)て撮(つ ま)むべし、箸以て挟むべし、或はその醜を悪(にく)めば足以て踏殺(ふみころ)すも可なりと雖ども、一旦蝶化(ちようか)するに至ては翻々(へんぺん) 飛揚して復(ま)た人の手足に掛らず、花に戯れ枝に舞い意気揚々として恰(あたか)も塵間(じんかん)の人物を蔑視愚〔弄〕哢するが如(ごと)くなれど も、羽翼(うよく)既(すで)に成る、之を如何(いかん)ともすべからず、指以て撮むべからざるなり、箸以て挟むべからざるなり。

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2009年8月21日 (金)

坂野潤治『日本憲政史』東京大学出版会(2008年)

■内容に関して
 簡単な見通しを得たい方は、後に掲げる書評1)を、ここ数年矢継ぎ早に出ている坂野氏の他の著作と関連させながら、詳しく辿りたい方は、2)をご覧戴きたい。

■なにゆえ「憲政史」?
「本書では、憲法起草運動と国会開設運動、解釈改憲論(天皇機関説)と普通選挙運動(民本主義)の双方を含んだものとして「日本憲政史」を定義したい。」
本書、序章、p.6

 書名を換言するなら、「近代日本における民主制 democracy の発達」か。

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2009年8月 3日 (月)

列島におけるデモクラシーの出現

「第二は、1866(慶応2)年、第二次長州征伐とともに未曾有の米価高騰の事態となり、いわゆる世直し状況下に突入する問題である。この場合、在地での豪農商層による爆発阻止の必死の調整努力がうまく機能しなかった地帯において世直し一揆が展開したのであるが、一揆が展開した地帯にしろ、展開するにいたらなかっ地域たにしろ、内包していた問題(民衆の下からの恐るべき圧力)は同一であり、全国の豪農商層は、この段階で、幕府の国内統治能力に見切りをつけたと、筆者は考えている。」 宮地正人「総論」、維新変革と日本、シリーズ日本近現代史1、岩波書店(1993年) 、P.12

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