政治哲学・政治理論

2016年12月22日 (木)

自分の人生に自分が関わること(3)

本記事(1)への貴重なコメントがあり、ご教示を頂いた。深謝。
そのうえ、関連する事柄も思い出したので、記事とする。

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2016年12月 6日 (火)

自分の人生に自分が関わること(1)

去る12月4日(日)、イタリアにおいて、首相の権限強化を目指す憲法改正をめぐって、国民投票が行われ、政府案は否決され、翌月曜日レンツィ首相は辞意を表明した。

この機運をリードしたのが、イタリア五つ星運動だが、国内外の大手メディアではネガティブな報道が目立ち、いま一つその内実がわからない。そこで、当方が閲覧しているMLにて恰好の動画を教えて頂いたので早速ご紹介。

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2015年10月27日 (火)

現実としての「一揆」と思想としての「社会契約」

 ふと、頭をよぎったことがある。政治思想史のテキスト類には、西欧初期近代の部に必ず、「社会契約」論の項があり、思想家の肖像画や代表的著作は図版で載る。

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2015年7月21日 (火)

「個人の自由とデモクラシーによる統治とのあいだにはなにも必然的な連関があるわけではない」

〔問〕「個人の自由とデモクラシーによる統治とのあいだにはなにも必然的な関連があるわけではない」というI・バーリンの主張について次の4つの語句を用いて論じなさい。
【積極的自由、消極的自由、代表制デモクラシー、リベラリズム】

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2014年5月 4日 (日)

権力考(1)

■権力
権力(力 power)とは、2人以上の人間の関係において観察される、命令(言葉、合図、示唆など)-服従(行動)の現象である。

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2014年3月28日 (金)

ローマ支配から離脱するヴェネツィア

某MLでご教示頂いた。水の都ベニス(Venezia)が、ローマの頚木(イタリア共和国)からの独立を問う住民投票で、89%の賛成を集めた、とのこと。下記。

89% of Veneto residents vote for independence from Rome ― RT News

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2014年1月 3日 (金)

決定論と善悪の彼岸

人間がいずれ死んでしまうものであることは誰の眼にも明白だ。また、人がその限られた生の中で人生に複数の選択可能性を持つことも否定できない。

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2011年11月24日 (木)

インクリメンタリズムと合理性の限界( Incrementalism under bounded rationality )※20161208加筆

 行政学や公共政策学における意思決定理論として、インクリメンタリズム(incrementalism=増分主義、漸進主義)なるものが話題になることがある。

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2010年8月26日 (木)

危機と危機感

 前回の、幕末に列島の植民地化危機はない、は議論が端折りすぎた感があった。そこで、危機の存在と危機感の存在を分けて考えてみることにした。以下の図は、ヒューリスティックとして作成したもので、今後変更する可能性も大。試験的に記事化する。

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2009年6月 5日 (金)

リベラリズムの核心は、自由ではなく正義である

自由は、正義理念が課す公共性の規律に服してはじめて、「他者からの自由」、すなわち、他者を支配ないし同化するか、それができなければ排除するという権力への欲動を秘めた自己力能化としての自由から、「他者への自由」、すなわち、他者の批判と撹乱的影響を自己の精神の地平を拡大再編する自己変容の触媒として受けとめる自由へと成熟することができます。正義に先立つ主体の能力としての「他者からの自由」」ではなく、正義が可能にする「他者への自由」こそが、リベラリズムの認知をうける自由です。リベラリズムの基底的理念は自由ではなく正義であるとというのは、この意味でおいてです。
井上達夫「リベラリズムをなぜ問うのか―『他者への自由 』韓国語版への序文―」 『創文』NO.519(2009年5月)、p.6より

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