関曠野

2017年1月23日 (月)

ブリコラージュと資源論(Bricolage and theory of resources)

おとぎ話の魔法使いや旧約聖書の創世記とは異なり、我々が暮らすこの世界で《無》から《有》を捻り出すこと(create)はできない。

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2016年11月19日 (土)

我々は過去へと関わるが、過去は我々に関わらない

表題からして意味が不明か。私が言わんとすることはこうだ。
我々はプラトンを知るが、プラトンは我々を知らない。

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2016年11月16日 (水)

Schmitt, Voegelin & Strauss

関曠野の六月に出た本の、弊ブログでの書評が前編で頓挫して二ヶ月過ぎてしまった。論点は定まっている。関曠野と梅棹忠夫という、思想的に全く異質な二人の論者の、異なるアプローチによる帰結が一致していることだ。

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2016年9月19日 (月)

関曠野『なぜヨーロッパで資本主義が生まれたか』(2016年)〔前編〕

■思想史家関曠野について
関曠野はアイデアの塊である。早口なのも頭の中に言いたいことが詰まっているせいだろう。

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2015年7月 9日 (木)

明治の立身出世主義の起源について(5)

この「立身出世主義」の議論に関して、ブログ主が最も影響を受けたのは、下記の関曠野の卓抜なエッセイからである。他ブログでご教示頂き、そういえばと思い出したので、本ブログに再掲しておく。諸氏もぜひご一読を。

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2013年4月14日 (日)

「資本主義」と「社会主義」の概念史

 もう8年も前に、「資本主義 capitalism」を巡っての概念史的探索をこのブログで記事化した。

「資本主義」なる言葉
「資本主義」なる言葉(2)
「資本主義」なる言葉(3)

 元々、大学院時代、自分のHPに記載したものだから、元記事は十数年前に書いていた(たぶん2000年頃)。ただし、8年前は下記の書があることは全く知らなかった。

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2013年3月 2日 (土)

歴史におけるロゴスとミメーシス(2)

 関曠野の歴史における《模範と模倣のダイナミクス》の議論は、ある種の保守主義歴史理論と親和性が高い。

 例えば、Hume - Hayek conservatism がそれ。我田引水で恐縮だが、下記の過去記事をご参照頂きたい。

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歴史におけるロゴスとミメーシス(1)

 啓蒙主義以来のこうした社会観、歴史観は人間社会を一種の自然現象とみなし、その自動作用の法則を物理学もどきの方法を適用して解明できると考える。これは幻想であり、しかも人間存在につきまとう根本的なパラドックスを無視し封殺する有害な思想である。人間は高度に発達した労働の分業や社会組織なしには生きられない存在であるが、にもかかわらず動物のような予めプログラム化された集団形成の本能を欠いている。だから人間は社会秩序を自力で創造し、その秩序に拘束されることに自発的に同意するほかはない。そしてこうした秩序の創造に決定的な役割を果たすのが、人々の相互に模倣しあう能力である。
 関曠野 『民族とは何か』講談社現代新書(2001年) P.174

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2013年1月20日 (日)

人類思想史の可能性

 関曠野のエッセーを読むのは久しぶりだ。下記。

関曠野 「なぜジャン=ジャックは我等の最良の友なのか」
現代思想2012年10月号 特集=ルソー 「起源」への問い、pp.50-55

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2012年8月19日 (日)

人には生まれながらに尊卑の別がある(2)

かぐら川氏からコメントを戴いた。
そこから触発されたことがあるので記事を書いてみる。

■人類史とともに存在し続ける格差

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