本居宣長

2017年3月27日 (月)

「東京物語」と国学

映画「東京物語」とかけて、国学ととく、その心は、・・・。

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2011年12月15日 (木)

東南アジアにおける《国学》の弱さ

・・・。ただ、わたしが気になったのは、それぞれの国における「国学」のよわさなのである。その点は、日本の場合とひどく事情がちがうのだ。日本の場合は、明治以前にすでに膨大な日本研究の伝統があった。自然科学の面でも、本草学の発達によって、動物相・植物相の研究の下地はできていたのである。人文科学の面では、もちろん歴史研究や古典文学研究はひじょうにさかんであったし、漢学・洋学にならんで、「国学」というジャンルは、はやくから確立していたのである。漢学にあたるものは、タイ、ビルマにもある。仏教の坊さんたちによるバーリ経典の研究はそれであろう。洋学はもちろんある。しかし、国学がよわいのである。     梅棹忠夫「タイからネパールまで―学問・芸術・宗教」(1962年)、梅棹忠夫『文明の生態史観』中公文庫(1998年) 所収、pp.280-281

 日本・中国・韓国における、比較《国学》研究といったものがあるのか寡聞にして知らない。少なくとも東アジア思想史において、かなり重要な分野だろうと思う。ご存知の向きは教示戴ければ幸甚。それにしても、梅棹忠夫という学者の発想力には唸らされる。

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2011年10月30日 (日)

日野龍夫『江戸人とユートピア』岩波現代文庫(2004年)

 “謀叛人”の言葉に惹かれて、サッと目を通した。かつて、もう一つの徂徠像を提出した本だった(原本は、1977年刊)。徳川儒学史を文芸からみたものとして重要な一編。徳川思想史に関心のある向きは、読んでおかれたほうがよいだろう。

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2011年1月11日 (火)

小津富之助とは何者か(2)

 私の本居評がまだ書けないので、参考までに他の方の評を引いてみる。

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2011年1月 4日 (火)

小津富之助とは何者か?

 小津富之助は、裕福な伊勢松阪商人の子として生を享けた。生来商いが肌に合わず、長兄(養嗣子)が江戸表で死んだ21歳のとき、店を畳む。その時整理した資産の残りが400両。

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2010年5月 4日 (火)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(9)

第十六章 「性」の不思議

■イエ統治と sexuality

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2010年5月 2日 (日)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(8)

■契沖

 契沖が、いま我々が高校の古文テキストで見る「歴史的仮名遣い」を定礎した(『和字正濫鈔』1695)人物であることは、本書で知った(pp.250-1)。契沖のテキスト研究法は、研究資料の広範な収集とその相互比較である。こういう組織的な研究法をどのようにして契沖は身に付けたのだろうか。本居宣長には先行者として、徂徠・契沖・賀茂真淵がいる。賀茂真淵には荷田春満・契沖・徂徠がいた。それなら契沖は?

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2010年3月27日 (土)

ひとつの徳川国家思想史(8)

「三 朝幕関係の推移と中期の思想的動向」

■大政委任論の系譜(p.66)

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2008年9月20日 (土)

日本における「公私」

以下、単なる備忘録程度。

 「公私」の問題は、これまでにも、中国思想史家溝口雄三を始め、何人もの論者が触れてきた。東大出版会からも、シンポジウムの記録が出されていたりする。

 ただ、それは「公」に関心の比重があり、どうも「私」は軽視されがちのような気がする。近代日本の「私」概念に影響を与えたのに、本居宣長も力があったのではないか、と思うのだが、論ぜられたあとがあまりない。「石上私淑言(いそのかみのささめごと)」(1763)、などを見れば、歴然としていると思うのだが。

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2007年12月11日 (火)

「地球温暖化は商売道具」という論法

 うーむ、「地球温暖化は商売道具」っていうのは、巧妙なレトリックですね。ある種の「ホンネによるタテマエの暴露」=「イデオロギー暴露」のレトリックです。「地球温暖化」という、正誤の決着可能な事実問題を、「話者の動機」という、価値問題にすり替えるわけです。話者を道徳的に劣化することで、事実問題の「価値(重要性)」を劣化させる論法です。

 この弧状列島の知性史において、繰り返し見られるタイプのレトリック*です。よく見られるのは、国際法、あるいは、かつての国際連盟、今の国際連合といった、普遍性=原理・原則的な価値といったものを、その論者の特殊的動機によって貶めるものですが。

 相も変らず、軽率にもこの手の論法になびく輩が多いというのは、この弧状列島の住人の頭が、単に悪い(?)ということだけでなく、より深刻な知識社会学 的問題だと考えるべきでしょう。そう言うふう(=本音や動機の暴露)に問題を立てないと、思考が働かない。ある種の秀でた国力はあるが、「力とは、その使 い方が賢明な智恵に制御されて初めて本来の力となる」ということをわきまえないため、大抵は諸外国の迷惑=近所迷惑になる、というこの列島の国制史を再現 し続けることになります。

 この重要かつ深刻な知識社会学的問題は、私なりに近世国制史の具体的研究の中で、考究を試みることとします。

*「普遍」を「特殊」に引きずりおろす方法

**田中宇氏は興味深い論者ですが、国際問題の専門家ではありながら(それゆえ?)、伝統的な日本の思考法を体現している人物だと思います(それに気が付かないところも、日本的!)。採るべきところは採り、unco なところは捨てる、という処し方が賢明でしょう。

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