中野三敏

2013年5月19日 (日)

未踏の江戸時代(2)

 前回、未踏の江戸時代 でご紹介しました、中野三敏氏の「和本リテラシー」関連
の、日本記者クラブでの講演(100分)が Youtube ありました。

 だいたい同工異曲ですが、よりわかりやすくなっていますし、
興味深いエピソードもありますので、こちらのほうがお薦め
かと思い投稿します。

中野三敏・九州大学名誉教授 2012.8.20 - YouTube


■あるエピソード

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2013年5月14日 (火)

中野三敏『江戸文化再考:これからの近代を創るために』笠間書院(2012)

■中野三敏氏関連

 著者は近世文学研究の泰斗。すでに本ブログでも関連記事を数編書いている。

近世文化の最盛期としての18世紀徳川日本
徳川前期の「文明開化」
未踏の江戸時代
未踏の江戸時代(2)

 本書の元になったのは、著者が平成22年の秋、東京・立川の国文学研究資料館で行った5回の講演記録。

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2013年5月13日 (月)

未踏の江戸時代

福沢諭吉が大嫌い、坂本竜馬が大嫌い、という、
国文学者・中野三敏氏の講演(約110分)が
YouTubeで視聴可能です。

和本リテラシーの回復を願って - YouTube

非常に興味深い内容となっています。

この講演から知れる、一つの驚愕すべき事実を挙げておきます。

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2011年2月18日 (金)

徳川前期の「文明開化」

 徳川前期のエポック・メイキングな事柄は、中国大陸における明清革命1644年)、すなわち明から清への王朝交替(「華夷変態」)である。大陸におけるこの大変動の余波は、徳川前期日本に静かだが、深く長い影響をもたらした。

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2011年2月14日 (月)

徳川社会の複雑化と吉宗(後編)

 吉宗の父、第二代紀州候徳川光貞は、将軍家綱吉と関係を深めるべく、嫡男に綱吉の娘、鶴姫を娶わせる。その関係強化の一環として、徳川家儒官木下順庵からその弟子、榊原篁洲の推薦を受け入れた。

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2010年5月 1日 (土)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(7)

■徂徠学ヘゲモニーの歴史的帰結

 「既に我々はみなポストケインジアンたらざるを得ないのだ」と記したのは、Paul Sweezy だったか、Maurice Dobb だったのか。このところ経済学の文献にはとんとご無沙汰しているので、もはや記憶が定かではない。この伝でいけば、徳川日本の18世紀に呼吸した知識人たちにとり、「すでに誰もがポスト徂徠学派たらざるを得ない」事態が出現していた。それも全国的に。その覇権ぶりは、前出の中野三敏氏の著書や小島康敬氏の論文を見ても一端が伺える。中野氏の見取り図に従えば、それまで学芸の中心であった京から、関東にそれが移った。すわなち、列島史上初めて、学芸のヘゲモニーが箱根を越えたことになる。これが帰結の第一。

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2010年4月26日 (月)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(6)

■反近代の思想家・荻生徂徠
 従来提出されてきた徂徠像は、「近代」的なものと反「近代」的なものとに大きく分けられる。渡辺氏の位置づけは、後者である。

 荻生徂徠の思想の根幹は、ときに「近代的」と呼ばれる立場の逆、ほぼ正確な陰画である。すなわち、歴史観としては反進歩・反発展・反成長である。そして、反都市化・反市場経済である。個々人の生活については反「自由」にして反平等であり、被治者については反「啓蒙」である。そして、政治については徹底した反民主主義である。そういうものとして見事に一貫しているのである。
渡辺書、p.197

■徂徠学革命

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2009年2月16日 (月)

17世紀文芸史上の巨人 浅井了意

 実は私も最近まで知らなかった。

 その巨人ぶりを知りたい方は、近年、全集を刊行しつつある岩田書院のHPへ移動されることをおすすめする。

岩田書院「浅井了意全集」について

 熱い推薦の言葉を寄せているのが、中野三敏、長谷川強、高田衛、という面々であることも、浅井了意の存在の大きさを象徴していよう。この全集の刊行とともに、浅井了意を刮目すべし。

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2008年10月 9日 (木)

近世文化の最盛期としての18世紀徳川日本

「文化の成熟というものは、これまたトータルな形であらわれてくるからこそのものであり、二、三の突出した姿、形をとってあらわれるものではありえないのではないか。
 すなわちとくに目をひくような二、三の人物や事象によって説明されるのではなく、全体として高いレベルが保持されるときには、かえってとくに突出した人 物や事象はあらわれ難いというべきではなかろうか。そう考えれば、元禄や化政期に、前述したような突出した二、三の人物や事象があるということは、それこそがその時代の流動性-発展期や老衰期-をあらわす現象にほかならないともいえよう。元禄の西鶴・近松・芭蕉はまさに「俗」の価値が主張され始める近世青年期なればこそ、その旗手として突出してあらわれたものであり、化政期の馬琴・一九・三馬は老衰期・頽唐期に入った近世的「俗」文化の申し子であったと理解できるのではないか。」 中野三敏『十八世紀の江戸文芸 -雅と俗の成熟-』岩波書店(1999年)、p.6

著者は、十八世紀を近世文化のピークであるとして捉え、それを文芸の各分野に検証していく。そして、下記のようにその文を締めくくる。

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