mimēsis (ミメーシス)

2020年9月27日 (日)

「人文系“ワープア博士”」向けクラウドファンディング(2)

前回の続きです。

 今、私が実現できたらいいな、と思うのは、個人が個人のアイデアごとにサポーターになる、というものです。

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「人文系“ワープア博士”」向けクラウドファンディング

 本日、たまたま下記のニュースを見ました。

和歌山市のクラウドファンディングが物議。「大きな意味で動物愛護に使った」と市は説明(UPDATE) | ハフポスト

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2020年4月24日 (金)

「進歩教」の「楽園」、すなわち「未来」/The future as an imitation of the Paradise

 20世紀の新儒家・梁漱溟(Liang Shuming)は、仏教徒として青少年期を過し、成人になってから士大夫御用達の儒家に開眼した人物ですが、彼は「仏家は生きるのが苦しい苦しいといい、儒家は生きるのが楽しい楽しいという」点が最も違う、と述べています。

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2019年6月 1日 (土)

ミメーシスとしての読書 (Reading as mīmēsis [ μίμησις ])

 読書は、ある時点/ある場所で、ある人物によって著された文字列を、別の時点/場所で他者が読むことです。

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2016年6月16日 (木)

日本人のミメーシス力としての「ハッチポッチステーション」

日本人の模倣力については、石川淳『文学大概』の「江戸人の発想法について」(1943年)において、江戸人は思想を分析するのではなく、俗化する操作と
して「やつし」=「俳諧化」を好む、ということを述べていることが関連する。隋唐文化の「やつし」が奈良朝、欧米近代文化の「やつし」が明治文明開化だ。
日本文明のミメーシス的特性だろう。

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2015年2月 9日 (月)

中野好夫『文学の常識』角川文庫(1961年)

 本書は、はしがきによれば、3回連続の文化講座と一つの講演を編集し、加筆してなったものとのこと。整然とした文学概論を目指したものではなく、読物というのが著者の言だ。しかし、まとまった文学論の類は読まない当方としては裨益するところ多かった。

 興味深かったのは、7つ目のエッセイ「文学と道徳 ―アリストテレスのカタルシス論―」と、次の「近代小説の起源と発達 ―近代リアリズムについて―」。

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2013年3月 2日 (土)

歴史におけるロゴスとミメーシス(2)

 関曠野の歴史における《模範と模倣のダイナミクス》の議論は、ある種の保守主義歴史理論と親和性が高い。

 例えば、Hume - Hayek conservatism がそれ。我田引水で恐縮だが、下記の過去記事をご参照頂きたい。

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歴史におけるロゴスとミメーシス(1)

 啓蒙主義以来のこうした社会観、歴史観は人間社会を一種の自然現象とみなし、その自動作用の法則を物理学もどきの方法を適用して解明できると考える。これは幻想であり、しかも人間存在につきまとう根本的なパラドックスを無視し封殺する有害な思想である。人間は高度に発達した労働の分業や社会組織なしには生きられない存在であるが、にもかかわらず動物のような予めプログラム化された集団形成の本能を欠いている。だから人間は社会秩序を自力で創造し、その秩序に拘束されることに自発的に同意するほかはない。そしてこうした秩序の創造に決定的な役割を果たすのが、人々の相互に模倣しあう能力である。
 関曠野 『民族とは何か』講談社現代新書(2001年) P.174

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2005年10月 9日 (日)

石川淳「江戸人の發想法について」(1943年)

「けだし、江戸人にあつては、思想を分析する思弁よりも、それを俗化する操作のはうが速かつたからである。」

「このやつしといふ操作を、文学上一般に何と呼べきか。これを俳諧化と呼ぶことの不当ならざるべきことを思ふ。」

「俗化といふことばの正当な意味を於いて、江戸俳諧の俗化とは、流行が芭蕉の発句から其角の発句に移ったといふことではなくて、性質が猿蓑から万載狂歌集に変わつたといふことである。これが俳諧の論理である。」

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