大正

2007年11月 5日 (月)

却初より

 却初(ごふしよ)より作りいとなむ殿堂にわれも黄金(こがね)の釘一つ打つ

              与謝野晶子『草の夢』、日本評論社(1922年)*

 いやはや、かっこいい。学芸の世界で己を顕そうなどと考える者は、ここまでの覚悟と勇気がなくてはいかんですねぇ。私も晶子の心意気の万分の一でも刻む所存であります。

* 与謝野晶子歌集:巻頭歌 18:草の夢、より

** 意に反して、↓のようになることがあろうとも。芝木好子「湯葉」(1960)の導入部分から知りました。

わが草木(さうもく)とならん日に
たれかは知らむ敗亡の
歴史を墓に刻むべき。
われは飢ゑたりとこしへに
過失を人も許せかし。
過失を父も許せかし。

萩原朔太郎『宿命』創元社(1939年)、より

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2006年3月21日 (火)

大虐殺(1960年、小森白監督、天地茂主演)

 標題の映画は、1923年9月1日の関東大震災の直後におこった朝鮮人虐殺事件を描いたもの。で、私もまだ未見。もし、既にご覧の方は、ご感想などコメントして戴けると助かります。下記の 「all cinema」記事も参照。

大虐殺(1960年、小森白監督、天地茂主演)

 この事件の被害者数だが、平凡社世界大百科事典(「朝鮮人虐殺事件」今井清一執筆)によれば、

「朝鮮罹災同胞慰問班が10月末日までに調査し,これにもとづいて吉野作造がまとめたものでは2613人を数える。これにその後の調査をつけ加えたものは6433人に達している。」
という。うーん、実質的に一週間の出来事だから(なぜなら、9月7日あたりから、警察・軍は押さえにかかったから)、これは相当なものだ。

 虐殺ということでは、映画「ホテル・ルワンダ」での虐殺事件も記憶に新しい。映画は未見だが、NHKのドキュメンタリーは見ているので概要は承知している。

 どちらも、マス・メディア(朝鮮人虐殺は新聞、ルワンダはラジオ)がらみなのは共通か。

 朝鮮人虐殺事件については、民衆が加担している事もあって、日本人自身による検証が進んでいない気もする。ただし、この事件を、衆議院で政府の責任を追及し,最も人道上悲しむべき大事件として、その真相を明らかにして謝罪することを主張した政治家もいた。

田淵豊吉 ( 「いちず」WWW版 和歌山

 ルワンダについては、独立間もない、良き一時期を活写した、名著がある。

服部正也 『ルワンダ中央銀行総裁日記』 中公新書(No.290)、1972年

この本の後、何があって、あの大虐殺を生み出したのか。

 日本近代史上、国内最初の虐殺は、戊辰戦争における、官軍による会津城下でのものだろう。これは、朝鮮人虐殺事件関連のみすず書房の資料集などに眼を通せたら、あわせて再論したい。

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2005年10月18日 (火)

靖国神社の例大祭

 またまた、小泉氏の靖国参拝で、ひと悶着必至の形勢だ。ただ、その一方、戦前の東京市民には、この神社は、《招魂社の例大祭》として親しまれ、見世物、屋台が多くの人出で賑わって、東京の風物詩となっていた。

 川端康成の『掌の小説』中の一篇に、ここら辺の雰囲気が書き込まれていた(はずだ)。今、手元にないので確認できないのが残念。ちょっと探してみます。m(_ _)m

 

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2005年9月29日 (木)

戦前の小選挙区制

 戦前にも小選挙区制はあった。1889年の衆議院議員選挙法から、初めて小選挙区制が採用され、1900年には大選挙区制中心に変更されたが、1919年に原敬内閣が小選挙区制を再び導入。その後の総選挙で政友会は圧勝。原敬による貴族院取り込み工作も功を奏し、衆貴両院の支持を得て安定政権を樹立した。

 それもつかの間、1921年に原が暗殺され、政局は再び混迷。あと、いろいろあって、1925年に、治安維持法とともに普通選挙法が成立し、このとき1選挙区3~5名の中選挙区となる。そして、これ以降1932年の五・一五事件までが、いわゆる「政党政治」の時代であり、政友会,民政党による二大政党制のもとでの政権交代が実現する。これが、衆議院の第一党が政権を担当し,その総辞職後は第二党に交代するという《憲政の常道》なわけだ。

続きを読む "戦前の小選挙区制"

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何を今さら!

朝日新聞の天声人語(9/26)↓が寝ぼけたこと言っているので、二言三言。
http://www.asahi.com/paper/column20050926.html

衆議院における小選挙区比例代表並立制は、1994年に導入された。それも政治改革の一環として。その折、朝日新聞その他の大マスコミが一貫して小選挙区制に反対していたか、寡聞にして知らない。私の雑駁な記憶では、「政治改革」のかけ声の下、あたかも、小選挙区制を導入することが「政治改革」であるかのような幻想を与え続けていたという印象がある。

小選挙区制が、議院内閣制と結びつけば強力な与党ができる可能性があり、それがいったんできれば、大統領制より強力な一種の独裁的力を政権党に与える場合がある。

そんなことは、小選挙区制のことを多少なりとも調べ、近代イギリス政治史を少しでも紐解けば簡単にわかることではないか。当時の新聞記者がその程度の知的努力もしなかった怠慢が、今の小泉氏の大勝利を帰結しているのだ。

件の天声人語氏だって、たかが十年まえだから、同じ朝日新聞記者であったろう。ならば、多少は自分の不明を恥じて欲しい。あえて自紙の、とのまでは言わないでおく。

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2005年9月11日 (日)

元号⇔西暦の換算法

備忘録です。

昭和→西暦=昭和XX年+25=19XX年

大正→西暦=大正XX年+11=19XX年

明治→西暦=明治XX年+67=18XX年

 または、33-明治XX年=YY 1900-YY=西暦

あまりよいとは思えませんが、取り合えず、私はこうしてます。

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2005年5月16日 (月)

宮沢誠一『明治維新の再創造』(2005年)

 明治維新を、ブルジョア革命 vs. 絶対主義の成立、ではなく「国民国家」形成の観点から捉える考え方が主流になってきたのは「ここ数年来」のことだと著者は言う(p.10)。本書はその流れに掉さして、歴史書や文学作品の読解を通じ、近代日本史の中で幕末維新像がどう変遷したのかを探ったものである。

 私は副題「近代日本の〈起源神話〉」に惹かれて手にした。〈明治維新〉なる言葉そのものが一つの神話であり、その創出を明治中期以降演出したイデオローグたち(例えば徳富蘇峰あたり)について書かれていることを期待していたのだが、内容はそうではなく、本書の対象は、「大正維新」と「昭和維新」であった。近代日本の歴史において、時代が閉塞感を高めるとき、明治維新が常に想起される範例であったこと、そしてそれを改めて歴史学の対象として設定したことは首肯できる。

 ただ、〈明治維新〉そのものがどう範例化=神話化したのか、その〈起源〉を歴史学的に追跡することこそが、米国という後見人の下、国家理性を失って事実上の心神喪失状態にある現代日本に生きる歴史家に期待される作業だった気がしてならない。

 資料を博捜し、データベースとしての価値は高いので便利であるが、惜しむらくはその域を出ない。

宮沢誠一『明治維新の再創造―近代日本の「起源神話」』青木書店(2005年)

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