事の成り行きで、平山洋『福澤諭吉の真実』文春新書(2004)は、一応、読まにゃマズイかなと思い、なんとか読了した。
感想を述べよう。
1)文献学的に、これまでに特に問題とされていなかった(?)「時事新報」社説に、正面から資料批判のメスを入れたことは特筆評価できる。誰も気乗りしない作業に先鞭をつけたのは立派だと思う。
2)上記の知見を踏まえ、既存の三種類、福澤諭吉全集成立のプロセスにも資料批判を加えて、著者の新仮説を提示したことは、思想史研究の大前提である文献批判に大いに貢献しよう。
3)ただし、この書が、福澤諭吉思想の新境地を切り開き、従来にない新しい福澤像を提示し得ているか、疑問なしとしない。
4)著者の貢献は、新しい(真実の?)福澤像の再構成のための前提作業の部分である。著者は、自らの業績を踏まえて、少なくとも、著者のいう、カテゴリーⅠの無署名「時事新報」社説と、福澤筆が明らかな文献に基づき、自説を説得的に展開する必要があろう。まだ、決着はつけられていない、と考える。**
5)ただ、著者の指摘する、1892年以降の「時事新報」における石河幹明筆社説に対する、福澤の黙認は、福澤の言論人、思想家としての矜持や志節について、いささかの懸念を呼び起こす。
6)なぜなら、福澤はその『福翁自伝』で、
「新聞紙の発売数が多かろうと少なかろうと他人の世話になろうと思わず、この事を起すも自力なれば倒すも自力なり、仮令い失敗して廃刊しても一身一家の生計を変ずるに非ず、又自分の不名誉とも思わず、起すと同時に倒すの覚悟を以て、世間の風潮に頓着なしに今日までも首尾能く遣て来た、云々」
p.389 慶應義塾大学出版会版著作集第12巻(2003年)
と、発言している。これを信ずるなら、己の信条、思想と根本的に異なる主筆の馘首・交代を、出来の悪い倅の社長就任と交換条件にするというのは、日本近代史上、最大の思想家福澤をしてあまりにもその像を矮小化するものではないか、と思える。いったい、そんな事があり得るのか? 福澤も単なる人の親に過ぎないのだろうか。
以上が、私のざっとした、読後感である。福澤の真筆社説「脱亜論」については、もうエネルギーが残ってないので、後日、別記事を書くつもり。
*本日は、《明治「憲法」の起源(3)》を記事化する予定だったのですが、土曜日に書いた記事のからみで、急遽、その続きを書くことにしました。この記事を読みに来て戴いた方、どうも、すみません。m(_ _)m
**福澤の明治前期国体論への貢献に関して、下記を参照。
日本における文明開化論――福沢諭吉と中江兆民を中心に
米原 謙(大阪大学)2003.3.29 ソウル
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