天皇

2019年5月12日 (日)

「左翼 left wing」の語源について

 21世紀の日本において、ほぼ死語となった感がある、「左翼」。

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2017年12月21日 (木)

奈良朝びとの古墳破壊とパーセプション・ギャップ

 弊記事で掲げた表に奇妙な部分があることに今頃気付きました。築造年順の7番目、市庭(いちにわ)古墳です。

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2017年12月19日 (火)

古墳は《お墓》ではない?(3/結)

 下記は、前回記事で引用した松木武彦氏の表を少し加工してみたものです。

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2017年12月18日 (月)

古墳は《お墓》ではない?(2)

 (1)の続きです。

 (1)では、なんのために古墳が築造されたのか、ということで、故人の事績を顕彰するというより、築造そのものが目的だったと考えました。そう考えた場合のアイデアを幾つか列挙しました。

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2017年12月 2日 (土)

貴種流離譚

光源氏須磨流竄の原因は、犯すことが、あつたのである。其故、天上に近い生活から、自ら去つて、流離することになったとしてゐる。其犯しの種類は違ふが、竹取の赫耶姫も、愈、昇天する前になつて、翁に語つた所では、天上の者だが、聊か犯しがあつて、人界に住むことになつたと言ふのである。

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2009年12月19日 (土)

《祀る神》vs.《祀られる神》(2)

五ヶ條ノ御誓文 - Wikisourceを一瞥して欲しい。

 さて、この誓文だが、発布の形式に注目してみると以下のことが言えるだろう。

 天皇が「天神地祇」を祭り、「天地神明」に誓文の内容を誓う形式(木戸の案)である。ところがもともとの福岡孝弟(たかちか)の案では、諸侯が天皇の前で誓う方式だった。しかし、福岡案では、天皇が政治的君主であること(天皇親政)は内外に示すことはできるが、天皇が国家的祭祀の主体であること(天皇親祭)が表明できない。つまり、実施されたこの形式で、「祭政一致」、すなわち、天皇が「天祭」を通して窺った「天意」に即して、国民の公議を取ることが可能となる(坂本多加雄 )。

 ただし、それだけではない。和辻哲郎の記紀神話分析 によれば、神々を三つに分類することが可能であり、それは、《祀る神》、《祀られる神》、《祀り祀られる神》である。この三つの神々の中で、《祀り祀 られる神》が最も尊貴といえる。なぜ、《祀り祀られる神》がその地位が高いか。それは、「神命の通路」だからである。 この視点からみれば、天皇を表象するために、天皇にこの《祀り祀られる神》の地位を与えることが最も合理的と言えるわけだ。

※参照
《祀る神》vs.《祀られる神》

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2009年12月14日 (月)

ひとつの徳川国家思想史(6)

「三 朝幕関係の推移と中期の思想的動向」

■社会的背景① 軍記物語『太平記』*の普及

「右にみた二つの思想的動向は、学者の世界だけのできごとではなく、社会的拡がりをもった風潮であった。その具体例の第一として、軍記物語『太平記』の普及にともない、南朝の忠臣楠正成を景慕し礼讃する風潮が広まったことが挙げられる。」尾藤論文、p.62

・楠正成像作成とその画賛
  → 亡命明儒 朱舜水(1659年)による画賛=加賀前田家ほか、ほか三篇
  → 公儀儒官 林鵞峯による画賛=十八編
・楠正成の石碑建立
  → 1692年(元禄5)、徳川光圀による湊川の石碑「嗚呼忠臣楠氏之墓」

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2009年12月 7日 (月)

ひとつの徳川国家思想史(5)

■尊王攘夷思想の二つの類型

闇斎〔その国家を構成する個人(君主を含めて)の道徳的あり方を考察〕→朱子学
素行〔為政者としての政治的立場から国家の問題を考察〕→ 古学
「この後に発展する尊王思想ないし尊王攘夷思想は、先の二つの立場のいずれかを基本とし、もしくは両者の交錯の上に成立する。」(p.60)

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2009年11月30日 (月)

ひとつの徳川国家思想史(3)

■闇斎 vs. 素行

 尾藤は、尊王攘夷思想の特質を、広い意味での国家本位の主張ないしそれを支える意識にあるとみて、その源流を寛文・延宝年間(1661-1680)に求める。

 何故なら、この時期に山崎闇斎(1618-1682)と山鹿素行(1622-1680)に代表されるような、新しい思想的潮流が登場しているからである。

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2009年5月18日 (月)

百姓と朝廷

 「オトナナリ」という儀式をご存知だろうか。別名、「官途成(かんとなり)」と呼ばれたりもする。論者から一部引こう。

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