戦争

2016年4月18日 (月)

百年後のアルマダ

 1688年6月、イギリスの反国王派(ホイッグ)から極秘にウィレムに渡英の招請状が届けられ、ウィレムもこれを受諾した。ただこの時点ではウィレムにはっきりと王位が約束されていたわけではなかった。これにたいして連邦議会も9月29日ウィレムを支援していくことを全会一致で決定した。

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2013年5月27日 (月)

Adolf Hitler: Man of the Year, 1938(Monday, Jan. 02, 1939- TIME)

 1939年1月2日のTIME誌の表紙を、マン・オブ・ザイヤー(1938年)として飾ったのは、アドルフ・ヒットラーだった。下記。

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2013年5月17日 (金)

リマの江戸人(2)

 当ブログ記事と関連の深い興味深いニュースが数日前に流れたので、備忘録として書き留めておくことにする。

当ブログ関連記事2点
リマの江戸人
サルミ・テルマ・カクセイ

そして、上記関連ニュースが以下。

「日本人奴隷」3人、メキシコに…安土桃山時代 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 安土桃山時代末の1597年、日本人が「奴隷」としてメキシコに渡っていたことがわかった。

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2010年10月10日 (日)

加藤陽子『戦争の日本近現代史』講談社現代新書(2002年)

■第1講 「戦争」を学ぶ意味は何か
p.15、に、歴史における「問題=問い」について、「時代の推移とともに人々の認識や知の型が、がらりと変わるのはなぜなのか、あるいは、人々の複雑な行動を生み出すもととなった深部の力は何なのか」と問うことだとある。これについては首肯する。
 しかし、その後に書いてある、製品開発を担当するビジネスパーソンなんかにも役立つよ、などというのは与太話の域を出ない。

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2010年8月20日 (金)

幕末に列島の植民地化危機はない

保谷徹『幕末日本と対外戦争の危機 -下関戦争の舞台裏-』吉川弘文館2010年

■著者の目的
 まずは、この記事最後の目次をご覧いただきたい。ライブラリー版、232ページの比較的小さな本に、この詳細を極めた目次。軍事史を専門とする著者が何を課題としてやりたかったのかは、あとがきに書いてある。

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2010年3月25日 (木)

渡辺浩『日本政治思想史 ― 十七~十九世紀』東京大学出版会(2010年)(2)

 ちょいと感想など。

■第二章 武士たちの悩み

 本書p.33に、日本列島における戦国時代の終結が、ホッブズの言う社会契約によるものではなく、最強者の支配として実現したことが記されている。

 しかし、これは少々短見というべきだろう。なぜなら、『リヴァイアサン』自体には、「設立のコモン-ウェルス」(=社会契約による国家の設立)だけでなく、「獲得によるコモン-ウェルス」(=「最強者の支配が徐々に事実として国内外の平和(「泰平の世」)」、本書p.33、を獲得していく国家設立モデル)が、同時に書かれているからある
(この部分、論旨がおかしいので、下記のように書きかえる。2010/09/23)

 しかし、これには異論がある。

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2009年9月12日 (土)

2001年9月11日は何を変えたか

 結局、2001年9月11日からの8年間が変えたことといえば、ブッシュをオバマにし、小泉に長期政権をもたらした後、自民政権を鳩山民主政権に首を挿げ替え、リーマン・ショックで世界同時恐慌のリスクをより増やしたことぐらいか。その一方で、アルカーイダは健在で、ウサーマ・ビン=ラーディンも逮捕できず、肝心の「テロとの闘い」の舞台、アフガニスタンに平和をもたらさず、隣国イラクとともに秩序の崩壊、内戦の泥沼化を亢進させ、昭和前期治安維持法下の言論統制もどきの、何も言えない社会を日米内部ともに作っていった。

 「2001年9月11日以後」に何か歴史的意味があるかのように論じるものや、この悲劇を追悼するとして作品を発表する連中もいた。実に下らないことではあったが、心理機制としては、1941年12月8日における高村光太郎の「天皇あやふし」*と同じものだったのだろう。いつの時代にも巨大な暴力そのものにショックと一種の高揚を感じてしまう御仁がいるということに過ぎなかった訳である。

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2009年5月 7日 (木)

近代西洋、その力の根源

 19世紀前半、右往左往する徳川日本に乗り込んできた西洋列強の力の根源は、なんだろうか。単に、新しいテクノロジーに基づく、軍事力や産業のパワー、なのだろうか。それらを生み出すより根源的理由はなにか。

 そのヒントを、再びウェーバーに聞いてみよう。

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2009年4月 5日 (日)

B.ラッセル「怠惰への讃歌」(1932)

怠惰への讃歌 (平凡社ライブラリー)

 ラッセルにこういうエッセイがあるとは、ついぞ最近まで知らなかった。当時の大恐慌下における一種の有効需要論ともなっている。

「近代の技術は、すべての人々のために、生活必需品を確保するのに必要な労働量を甚だしく減らすことができるようにした。このことは、戦争中にはっきりわかった。戦時には、・・・、戦争に関係ある政府の職務に従事するあらゆる男女は、すべて生産的な業務から引き抜かれたのである。こういう事実があったにもかかわらず、連合国側の未熟練賃金労働者の健康状態はよくて、その一般的水準は、戦前戦後よりも高かった。・・・。要するに、戦争は、生産を科学的に組織すると、現代世界の労働能力をずっと減らしても、それで現代の民衆に十分楽な生活を送らせることができることを証明したのである。それでもし戦争が終わった際、人々を戦闘や軍需品製造にふりむけるために創められた科学的な組織を持ち続け、労働時間を四時間に切り下げてしまったなら、だれもが好都合になっただろう。だが、そうならないで昔の混乱が再び起り、働く義務のある人間は、永い時間働くようにされ、残りの人は、失業者として飢えるままにほっておかれた。」
B.ラッセル『怠惰への讃歌』堀秀彦・柿村峻訳、角川文庫(1958)、p.13

「貧乏人にもひまをあたえるべきであるという考え方には、いつも金持はぞっとしていた。イギリスでは、十九世紀の初期をみると、十五時間が、ひとりの人間の平日の労働時間であった。子供でも時々同じ時間働いたが、一日に十二時間労働がごく当り前のところであった。世話ずきのおせっかいが、どうもこんな時間は長すぎるようだと言い出したら、仕事のおかげで、大人は酒を飲まなくなるし、子供は悪戯しなくなるといって反対された。私の少年時代のことだが、都会の労働者たちが選挙権を得た直後、公休日が法律で制定され、上流階級の非常な怒りをかったことがあった。或る老公爵夫人が「貧乏人たちは、休日でどうしようとするつもりだろう。その人たちは働くべきだ」というのを聞いたことを思い出す。今の人々はそうはっきりいわないが、これと同じ感情が残っており、多くの私たち現代の経済混乱の源となっている。」pp.14-15

 原文は、容易にネット上でアクセスできる。アメリカの緑の党や、ヨーロッパのアナーキストのサイトに掲載されているところが興味深い。以下はその一つから拝借したもの。比較的短いエッセイなので、全文(英語)を引いておく。

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2009年3月 5日 (木)

中国におけるシビリアン・コントロールの伝統

「科挙制度は実に中国政治に特有な文を尊重すること、もっと詳しくいえば、武を抑えて文を進める精神によって貫かれているところに根本的な特徴がある。」p.228

「中国の古代においては、文官と武官との区別がはっきりせず、政治家は同時に軍人であり、入りては相、出でては将となるのが理想であった。しかし宋代のころから文官と武官との区別が次第に判然とわかれてきた。もっともここにいう武官とは部隊長までを指すのであり、軍人の出世の限度は部隊長どまりであって、それ以上の軍部大臣、参謀総長にあたる、兵部尚書、枢密使には生粋の文官をあてるのが例となった。いな、それのみではない、前線の軍隊を指揮する総司令官にも文官を任命するのが普通である。軍人あがりの部隊長が前線の総指揮官となったり、あるいはさらに中央政府へ入って軍部大臣や参謀長になることは、政府の体制を乱すこととして、極度に嫌われもし、また警戒もされた。」p.229

「軍部大臣の文官制こそ、宋代以降中国歴代の政治に一貫した方針といえる。」p.231

 以上すべて、宮崎市定『科挙 -中国の試験地獄-』中公文庫(1984)

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