祝福
赤ちゃんは、すべての大人から祝福されなければならない存在である。
なぜなら、赤ちゃんはその親を選べないし、遺伝形質や生まれてくる時代・場所も選べないからだ。
人はおそらく、自らが他者から祝福された存在だと信じられなくなったとき、己の生を絶つのだ。祝福する力の衰弱した社会、それが現代日本であろうか。
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赤ちゃんは、すべての大人から祝福されなければならない存在である。
なぜなら、赤ちゃんはその親を選べないし、遺伝形質や生まれてくる時代・場所も選べないからだ。
人はおそらく、自らが他者から祝福された存在だと信じられなくなったとき、己の生を絶つのだ。祝福する力の衰弱した社会、それが現代日本であろうか。
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先に、自殺に関する記事を二件書いた。
■他殺率
他殺率については、上記記事のコメントにも書いたように、
1)銃規制 gun control の成功or失敗
2)徴兵制による市民の銃取り扱いへの慣れや発砲経験の有無
とも相関するだろう。現在、他殺率の低い日本だが、1945年以前は、現代より確実に他殺率は高いと考えられる。上記2条件がないからである(生憎、他殺率の長期的推移を示す統計がネット上で見つからなかったのだが)。
■自殺率の長期的推移
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人間は、日々の暮らしの中で、さまざまな緊張や葛藤を感じ、心理的ストレスを溜め込んでいる。そして大抵は、その同じ日々の暮らしの中で、溜め込んだストレスを発散させる方法を自分なりに身に付け、ストレスで押し潰されないように生を営む。
しかし、溜め込めるストレスの閾値や、社会的ストレスが過剰で通常のストレス発散法では許容範囲に押し込めず、個人が耐え得るストレスの臨界点を越えてしまうときが来る。
そのとき、普段してはならないとされている規範の臨界点をも超える。それが死への衝動である。このとき、その衝動が自己に向かうか、他者に向かうか、という選択肢があり得るだろう。前者が自殺(自己殺人)であり、後者が殺人である。
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日本はいろいろな面で大国である。たとえば自殺において。
「昨年の自殺者3万777人 最多は50代後半」リビング‐シニアニュース:イザ!
交通事故死の多い年が1万人だから、その3倍。この数字がどう異常なのかは、他の社会と比較するとよく分かる。
この手のデータを見るのなら、まずこれ!、というサイトがある。多種多様な統計データを、さまざまな角度から加工し、提供してくれている素晴しいサイト、社会実情データ図録 Honkawa Data Tribune、である。
そこに、いささかショッキングな図録がある。
このグラフをみながら(DLしてプリントアウトするとなお結構)、以下のようなことを試みられたい。
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まつもとさんから貴重なコメント戴いた。
そこで、資料的なことを書いておこうと思う。
■「共和」の出典
「現在 republic の訳語として用いられる共和という語も、昔も今も細かい内容においてはちがうけれども、大体枠は同じであって、これは中国の古典においてもかなり古くから用いられて来たところで、周の国が乱れて後、共和という政治時代になっている。これは『史記』の「周本紀」に明記されているところである。」
新村出『語源をさぐる』旺文社文庫(1981年)、p.203
■訳語経緯
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あるコメントへのresから敷衍して記事化しておくことにする。
これまで、開発途上国への援助は、主に旧宗主国を主体として、アフリカなら西欧諸国、中南米ならアメリカ合衆国、アジアなら日本、という具合に分担化されてきた。
この動きは、第二次大戦終了後から延々と続いてきた。「延々と続いてきた」ということは、開発援助は大抵失敗していた、ということに等しい。なぜなら、「開発」援助がうまく行っているなら、途中で経済的に自立し、先進国からの援助なしで自立できているはずだからである。
■なぜ、先進国の開発援助は失敗しつづけたのか
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「わが近世の「家」は、ヨーロッパの(そしてある程度まではわが中世の「家」もそうであったと考えられるが)私的・自立的な Haus とちがって、上位者への奉仕から切り離しては観念されてなかった。いいかえれば近世の「家」は、「家職」= 「奉公」という目的のための一種の目的団体に他ならない。」
石井紫郎『日本人の国家生活』(日本国制史研究Ⅱ)東京大学出版会(1986年)、p.175
「同族、ならびに、その基礎にあるイエなるものは、目標志向団体(goal oriented corporations)であって、そのおのおのは、自己の活動の成果、およびそれ自身の無際限な永続化に関心を抱いている。」
F.L.K.シュー『比較文明社会論』培風館(1971年)、p.315
ここで、ガス欠となった。次回へ続くことにする。
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Albert O. Hirschman
の提起した、社会集団を考察するための、voice or exit という二分法は、普遍的な分析装置である。
例証として、一つの儒家テキストのを挙げておこう。
為人臣之禮:不顯諫。三諫而不聽,則逃之。子之事親也:三諫而不聽,則號泣而隨之。
(禮記 曲禮下 113)
そして、このコンセプトが、Max Weber の Anstalt と Verein にピッタリ対応するものであることは、明敏なる読書子なら、容易に気付かれる事だろうと思う。
このことから、様々なアイデアが導出できるのだが、身辺多忙のため、ここで続く、ことにする。
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某MLで共和制のことが話題になった。
以前から、すっきりした語義がないか、と探してはいたのだが、改めて探すことにした。その某MLでは、共和制のキモは、「法の支配」であると指摘されていた。なぁーるほど。その線で探してみようと思い立った。すると、人間、考えればなんとかなるもので、以前読んでいた、カントの著書が心に浮かんだ。あぁ、これ、これ、と早速飛びついたら、案の定ありましたね。
それが、下記である。
ちなみに、私が愛用する二つの工具書、平凡社世界大百科事典「共和制」、岩波哲学・思想事典「共和主義」、各項目には、この肝心の「法の支配」には一言も触れていなかった。一方、Republicanism (Stanford Encyclopedia of Philosophy) には、共和主義と「法の支配」の関連についてしっかり書かれていたことを付言しておく。
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私は、戦国期の最新通史として池上裕子氏の著作を読んだのだが、前回記事の箇所を読んで仰天してしまった。確かに、池上氏自身が少数派だとは書いている が、事はかつての「太閤検地論争」を含めて、太閤検地や徳川期の「石高」の前提をすべて根底から揺るがすものだ。私が注目評価する、日本近世経済史研究を 一新した Hayami school の研究蓄積でさえその例外ではない。彼等も「石高」を生産高と認識しているのだから。
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身辺多忙で記事を書くのが間遠くなってしまっている。
池上裕子氏(成蹊大)の議論はこうである。
戦国期から太閤検地期における史料での斗代の使用法をみると、
斗代 = 本年貢 + 加地子(一種の小作料)
となっている。「斗代」を「年貢」と表記している史料もある。こういうことが一般的になると、これらを負担する側でも、取る側でも、両方込みで、「年貢」「斗代」とみる意識が成立する。
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「石高制」ってなに?(2)
いま、自分でもあまり明確になっていない事を書こうとしている。したがって、論にぶれや乱れがあると思うので、そのように感じた方がいらしたら、ご指摘いただければと思う。
1)用語の整理
まず、用語の整理からしておこう。以下、語義はすべて、『岩波日本史辞典』(1999年、第1刷)からのものである。
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よい読書ノートがあった。下記である。
読書ノート(by 増田 耕一氏)
不確かな科学、不確かな世界 / Uncertain Science ... Uncertain World (Pollack)
詳しくは、上記をご覧戴きたい。そこから、二つだけ話題をピックアップしておこう。
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少なくとも、米国東部における政治言説の先鋭な対立は、この二人を機軸にして回転しているように思う。ま、勘だけど。いろいろ調べたいが時間がない。
* Himmelfarb については下記参照。
** Skocpol については下記参照。
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以下、
大道安次郎「近代自然法」、新版 社会思想史事典 新明正道編著 創元社(1961年)、pp.116-117
からの引用。
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下記の記事は、すでに、
として掲載していたものだ。今回、「社会契約論」のカテゴリーを作成するに当たって、どんなものが引っかかるか調べたら、そう言えばこういう記事もあったと思い出した次第。
ただ、読み返してみると、関曠野の文は本当にすごい、と思い直した。このたった527字、原稿用紙一枚半の中に、ロックの「自然権」概念とそこから社会契約が導き出される論理を示して間然するところがない。そして、なによりも、「政治的権威による統治」は人間にとり必然なもので、それゆえにその「正しさ」は常に弁証されねばならず、近代以降においてそれが意味するところは、つまるところ、われわれ朋輩隣人たちの社会契約によるしかないことを、この上ない力強さで語りきっていることだ。
この清々しい強さの源泉はなんだろうか。それは、関曠野は、もの書くとき、業績を上げるために paper を積み上げているのではなく、政治的権威を創造すべく定められている、朋輩隣人の一人として、つまり、現世に生を享けている一個の人間の義務として書いているからだろう。己の頭脳で考え、納得のいった、書かねばならないことだけを書く。余人の真似し得るところではないが、良き模範としてせめて心にとどめておきたいと思う。
以下、再掲( Collingwood 関連は若干加筆)。
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先に、spontaneous generation ではなく、 historical generation としての liberal democracy(論理的時間と歴史的時間)、という長たらしいタイトルの記事を載せた。
そこで気がついたことがあるので、メモしておこう。
Hume → Hayek と流れる保守主義理論は、人間の諸制度が少しずつ成長ないし進化すると考える。つまり、時間という篩(ふるい)にかけられて、緩慢ではあっても幾人、幾世代もの人々の経験から結果的に選び取られ、歴史の検証にさらさられ、定着してきたものだけが、いまこうして残っている人間の諸制度なのだ、というわけである。
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他所様のところへ書いたコメントの再述(すこし改変)と追記。
禁欲的プロテスタンティズムは、共同体内-外の区別を破砕し、家族内-外、つまり、「身内の論理」をも無くした。これが、近代において、「個- 人」が共同体から析出されてくる、という意味でもあった。そして、その諸個人は、共同体の代わりに、自らを守るため、近代主権国家を「選択的」、つまり自らの意志によって構築する道(=社会契約)を選ばざるを得なくなる。
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国際貢献という名で、米国の片棒を担いでいると、戦地帰還自衛隊員や退役自衛隊員が続々とこう↓なるんだろう。
それは「テロとの闘い」以外のところで、国内の治安が本質的危機に晒されるということなのだ。
「国内にテロリストがいる」と叫ぶ、そこの unco 。お前こそが列島の平和を乱す張本人だ。
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「かくのごとく共同体の仲間同士の間の経済的交渉、さきにいわゆる対内経済 Binnenwirtschaft と、縁もゆかりもない外部のものに対する経済的交渉、いわば対外経済 Aussenwirtschaft とが全然ことなり、また対内道徳 Binnenethik と対外道徳 Aussenethik とが全然ことなるというのが、近代西洋以外においてわれわれが常に遭遇する事実であるが、これに反してこの対内経済と対外経済との間の、また対内道徳と対外道徳との間のけじめを廃棄したこと、言いかえれば、対内経済の中に商人的生活態度 das haendlerische Prinzip が浸透したこと、さらにこういう基礎に立脚して労働が新しく組織されていること、これらの事実こそ西洋的資本主義の第二の特徴である。」
マックス・ウェーバー『一般社会経済史要論 下巻』岩波書店(1955年)、黒正巌・青山秀夫訳、p.171
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「努力のご褒美は結果ではなく、成長である」p.144
「失敗によって失われたものは実は何もなく、一つの経験を乗り越えることによってひとまわり成長した自分を発見することでしょう。」p.145
宮本哲也『強育論』ディスカヴァー・トゥエンティワン(2004)
「だが、人間は学習する自由な存在でもある。政治において結果責任が問題とされるのも、結果が意図に反したことを認めて反省しない人間は学習する自由な存在とはいえないからである。」
関曠野『歴史の学び方について』窓社(1997)、p.109
「人間を他の自然物と区別するのは理性的思考でも自然に対する支配でもなくて、選択し実験する自由である」
アイザイア・バーリン『自由論』みすず書房(1990)、p.450
かたや、成功した小企業経営者、特異な塾経営者から、思想史家、政治哲学者まで、その中核の思想は同じだろう。
「人間とは、己の失敗や他者から幾たびでも、学び直すことで、変化、成長することができる存在であり、またそれを求めている存在である。」
自戒としたい。
※表題は、下記書、p.24より。
金森重樹『インターネットを使って自宅で1億円稼いだ! 超・マーケティング』ダイヤモンド社 (2004)
下記も参照戴ければ幸甚。
コーチングの人間観
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■「社会契約説」とは何か
「 政治社会の成立を個人間の契約に求め,それによって政治権力の正統性を説明する理論。すでに古代ギリシアのソフィストにその端緒が見られるが,17~18世紀のヨーロッパにおいて全面的に展開され,国家を個人の作為とし,政治的義務の根拠を個人の選択に求めることによって,権力による事実的支配であった主権国家を,被治者の自発的結社に組みかえる近代国家の構成原理として,巨大な歴史的役割を果たした。」
福田歓一筆「社会契約説」、平凡社世界大百科事典、1998年
■ Hume の convention 論による批判
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下記報道、参照。
見出しは、「放置」であるが、感染者リストをあの「ミドリ十字」から報告させながら、その報告に対して主務所管の官庁として何のアクションをも採った形跡がない。これではどう見ても、意図的「握りつぶし」だろう。「一定の業務に従事する者が、その業務上に必要な注意義務を怠ること。」が業務上過失なら、あきらかに刑法犯に相当する。
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少々旧聞に属するが、自由民主党福田内閣の鳩山邦夫法務大臣は、下記のような戯(たわ)けたことを閣議後、全世界に向けて発言していた。
え?、なんで全世界にむけて? それは、いかなアメリカ合衆帝国の属国とはいえ、我が大日本皇国の国家的なプレゼンスはいまだ大きく、閣議後の大臣会見は、無論、東京駐在の外国報道機関記者から世界中に配信されるからである。
よかったぁ、1941年6月の司法大臣・柳川平助の閣議後談話が世界配信されてなくて。これが外電に載っていたら、ただでさえ悪い大日本皇国の評判が一段と落ちたのは間違いないもんね。
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1点、白崎様よりコメントを戴いているので、それへのレスとしてご参考までに。
国体の本義(文部省編纂、昭和十二年五月三十一日発行)、「結語」より引用
我が国に輸入せられた支那思想は、主として儒教と老荘思想とであつた。儒教は実践的な道として優れた内容をもち、頻る価値ある教である。而して孝を以て教の根本としてゐるが、それは支那に於て家族を中心として道が立てられてゐるからである。この孝は実行的な特色をもつてゐるが、我が国の如く忠孝一本の国家的道徳として完成せられてゐない。家族的道徳を以て国家的道徳の基礎とし、忠臣は孝子の門より出づるともいつてゐるが、支那には易姓革命・禅譲放伐が行はれてゐるから、その忠孝は歴史的・具体的な永遠の国家の道徳とはなり得ない。
明治constitutionの権力亡者どもも、よーく自覚していた、という傍証です。
孝に対する忠の優越は、徳川初期から顕著であり、儒者の文書にも現れています。これは結局、関曠野の指摘するような「野蛮としてのイエ社会」、つまり、諸イエの力学的包摂関係として社会を構成してきた日本の、論理的必然だったのでしょう。
魯迅が、中国人は砂だ、と嘆いたのも、究極の選択を迫られた中国人のファイナル・アンサーが、国家よりも家族、である故だと思われます。それは、よくある人間の感情として、自然なものではないか、と私も思うのです。己の親や子が逃亡中の殺人犯だとして、それをかばったり、かくまったりするのはむしろ当然だと。子どもが病気なのに、忙しくて会社を休めないとか、気がねなく早引きできない、ということを、どこかおかしいと思えない社会は、狂っています。
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あまり以前のように記事が書けないでいる。他方、書評を試みたいものは結構ある。
1)前田愛、幻景の明治、岩波現代文庫、2006年
2)小島毅、近代日本の陽明学、講談社選書メチエ369、2006年
3)小島毅、朱子学と陽明学、放送大学教育振興会、2004年
4)吉田公平、日本における陽明学、ぺりかん社、1999年(ただし、後半1/3未読状態)
5)上安祥子、近世における大政委任論の形成過程、鈴木正幸編『王と公』、1998年、所収
6)源了円、一語の辞典 義理、三省堂、1996年
7)鬼頭宏、文明としての江戸システム、講談社日本の歴史19、2002年
8)佐藤常雄+大石慎三郎、貧農史観を見直す、講談社現代新書、1995年
9)石井紫郎、近世の国制における「武家」と「武士」、岩波・日本思想大系27、1974年、所収
10)前田勉、兵学と朱子学・蘭学・国学、平凡社選書225、2006年
11)末木文美士、日本宗教史、岩波新書、2006年
12)子安宣邦、本居宣長とは誰か、平凡社新書、2005年
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安倍内閣メールマガジン(第46号 2007/09/13)
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★☆ 安倍総理辞意表明 ☆★
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□ 目次
[こんにちは、安倍晋三です]
● 改革、テロとの闘いを前に進めるために
[大臣室から]
● 現場の視点を忘れずに(総務大臣 増田寛也)
[私の街から]
● 宝の島を結ぶ(鹿児島県薩摩川内市長 森卓朗)
[編集長のひとこと]
(編集長 大野松茂)
[政府インターネットテレビ番組ガイド]
● 総理の動き「内閣総理大臣記者会見」 など
[安倍内閣の動き]
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[こんにちは、安倍晋三です]
● 改革、テロとの闘いを前に進めるために
こんにちは、安倍晋三です。
内閣総理大臣の職を辞することを決意いたしました。
7月29日の参議院選挙の結果は、大変厳しいものでしたが、改革を止め
てはいけない、戦後レジームからの脱却の方向性を変えてはならない、との
思いから続投の決意をし、これまで全力で取り組んできました。
また、先般のAPEC首脳会議が開催されたシドニーにおいて、テロとの
闘い、国際社会から期待されている、高い評価をされている活動を中断する
ことがあってはならない、なんとしても継続していかなければならない、と
申し上げました。
国際社会への貢献、これは私の「主張する外交」の中核であります。この
政策は、なんとしてもやり遂げていく責任が私にはある。こうした思いで、
活動を中断しないために全力を尽くしていく、職を賭していくと申しました。
テロとの闘いを継続するためには、あらゆる努力をする。環境づくりにつ
いても努力しなければならない。一身をなげうつ覚悟で、全力で努力すべき
と考えてまいりました。
そのために、私は何をすべきか。
局面を転換しなければならない。これが私に課せられた責任であると考え
ました。
改革を進めていく、その決意で続投し、内閣改造を行ったわけですが、今
の状況で、国民の支持、信頼の上で、力強く政策を前に進めていくのは困難
である。ここは、けじめをつけることによって、局面を打開しなければなら
ない。そう判断するにいたりました。
新たな総理のもとでテロとの闘いを継続していく。それを目指すべきでは
ないだろうか。今月末の国連総会へも、新しい総理が行くことがむしろ局面
を変えていくためにはよいのではないか、と考えました。
決断が先に延びることで困難が大きくなる、決断はなるべく早く行わなけ
ればならない、と判断いたしました。
無責任と言われるかもしれません。しかし、国家のため、国民のみなさん
のためには、私は、今、身を引くことが最善だと判断しました。
約1年間、メルマガの読者のみなさん、国民のみなさん、ありがとうござ
いました。
この間にいただいた、みなさんの忌憚のないご意見、心温まる激励を、私
は決して忘れません。
私は官邸を去りますが、改革、そしてテロとの闘いは続きます。これから
も、みなさんのご支援をお願いします。(晋)
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[大臣室から]
● 現場の視点を忘れずに(総務大臣 増田寛也)
こんにちは。総務大臣の増田寛也です。
私は、これまで12年間、地方政府の知事として、県民の皆さんとともに
現場で汗を流してきました。この度、地方行政、情報通信行政、行政管理な
ど、国民生活を支える広範な行政機能を担う総務大臣として国政に参加する
ことになりました。また、特命大臣として、地方分権改革、地方・都市格差
是正、道州制、郵政民営化も担当します。皆さんの声に真摯に耳を傾けなが
ら、精一杯努めてまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
民間人として大臣に任命され、皆さんから期待されていることは、地方の
実態に即した現場の視点としがらみのない自由な発想。総理からは、地域が
活性化するような知恵を是非出して実行するようにとの指示をいただきまし
た。
私がまず第一に果たすべき役割は、地方の抱える課題を皆さんに真に理解
をしていただくことです。
現在、地方が抱えている問題は大変多岐にわたっています。例えば、少子
高齢化の急速な進展により、共同体の機能維持がギリギリである「限界集落」
が多く見られること、農林水産業が元気を失い、さらに、医師不足や医療サ
ービスの質の低下なども問題です。
参院選で示された国民の声は、地方に対する政府の取組みをもっとしっか
りしろという叱咤激励だと思います。一方で、改革に対して、時計の針を戻
すようなことはしてはなりません。
したがって、地域を直視する。そして、国民の声をよくお聞きする。かつ
てのバラマキに戻すのではなく、しかし、懐の深い政策を展開しなければな
らないと考えています。
例えば、私は、岩手県知事時代、全国2番目という広い県土の中で、医師
の偏在、不足が顕著になり、頭を悩ませていました。全国自治体病院開設者
協議会の会長という立場でも、長年こうした問題を政府の関係者に訴えてき
ましたが、大学の医師養成数の増員が認められるなど、ようやく近年、地域
における危機感が政府全体に認識されてきました。いずれの課題も時間はか
かります。しかし、できることはどんどんタイミング良くやっていくことが
大切です。
地方の問題の解決には、縦割りを排し、政府全体で総力を挙げて対応しな
ければなりません。「地方が主役の国づくり」という基本的な考え方に立っ
て、各府省の施策をすべて動員できるよう、コーディネートし、リーダーシ
ップを発揮していきたいと思います。
※ 増田寛也総務大臣就任時の記者会見
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1346.html
※ 大臣の写真
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2007/0913c.html
※ プロフィール
http://www.kantei.go.jp/jp/abedaijin/070827/02masuda.html
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[私の街から]
● 宝の島を結ぶ(鹿児島県薩摩川内市長 森卓朗)
平成16年10月、平成の大合併としては鹿児島県第1号、全国にも稀な
海越えの大合併により薩摩川内市が誕生しました。本土から西へ26キロメ
ートル離れた東シナ海、そこに「甑島(こしきしま)」があります。
「長目の浜」や「ナポレオン岩」など変化に富んだ海岸線や市花「鹿の子
ゆり」が島全域に自生、東シナ海に面した漁場は、市魚「きびなご」などの
海洋資源に恵まれ、武家屋敷群や「トシドン」(お鬼の面をつけ、ミノをま
とったトシドンが、子供のいる家にやってきて、叱ったり、諭したりする下
甑島で大晦日に行われる行事。国指定重要無形民族文化財)など伝統文化が
息づく、美しい自然と古い歴史が融合した宝の島であります。
昨年3月、中甑島と下甑島を結ぶ藺牟田(いむた)瀬戸架橋の事業着手が
決定しました。島民の40年来の悲願が叶い、歴史的な第一歩を踏み出した
ことは、海を越えた合併効果が最大限に発揮されたとの思いを強く抱いたと
ころであります。
ところで、甑島の人口は、平成17年国勢調査で、6,200人余り、5
年前より約1,000人減少しました。高齢化率も41.5%と高くなって
います。島内に高校がなく、子供は中学校を卒業すると島を離れ本土での生
活を余儀なくされます。医師の確保も困難を極め、産婦人科もない島内の医
療体制は十分ではありません。港湾や道路などの公共事業の大幅削減が、島
の経済に大きな打撃を与えています。
これらの課題を解決するため、平成17年度に第1次総合計画を策定いた
しました。甑島は、海洋文化ゾーンとして位置づけ、基幹産業である水産業
の振興と自然や歴史、癒しの空間を活かした観光地づくりを目標としていま
す。
藺牟田瀬戸架橋が完成しますと、甑島が一本の道路で結ばれ、人や物の流
れが大きく変わります。それまでに、甑島固有の自然や歴史、水産業などを
活かした交流・観光産業を興し、甑島振興発展の礎を築かなければなりませ
ん。
そのため、本土と甑島を最短で結ぶ航路の開設、人と人を結ぶツーリズム
体験型余暇活動や「きびなご」などの特産品をブランド化して売り込む甑セ
ールス事業の推進、本土と甑島を光ケーブルで結ぶブロードバンド化による
情報格差是正に取り組んでいます。
今、甑島をひとつに結ぶ藺牟田瀬戸架橋が、新たな時代の潮流を生み出そ
うとしています。この橋が、人の心と心を結ぶ未来への架け橋となり、多く
の人で賑わう宝の島となるようさらに磨きをかけて参りたいと思います。
※ 薩摩川内市ホームページ
http://www.satsumasendai.jp
※ 甑島の情報~上甑島・中甑島・下甑島~(薩摩川内市ホームページ)
http://www.satsumasendai.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC010000&WIT_oid=icityv2::CommonGenre::1617&m=1&d=
※ 薩摩川内市観光ガイド
http://www.city.satsumasendai.kagoshima.jp/kanko/
※ 執筆者の紹介
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2007/mori.html
--------------------------------------------------------------------
[編集長のひとこと]
昨日、安倍総理が辞意を表明しました。総理は、記者会見で発言されてい
たように、各国が高く評価し、我が国の国際公約となっている、テロとの闘
いのための活動を続けることができるよう、総理の職を辞してまでも、局面
の転換を図るべし、との決意を表明されました。是非とも、継続を実現した
いと考えます。
また、このほかにも、年金制度に対する国民の皆さんからの信頼の回復、
地域の活性化による国全体にわたる繁栄の実現など、重要な課題は山積して
います。行政の停滞が生ずることのないよう、全力を挙げてまいります。
読者の皆さんには、このメルマガを愛読頂き、貴重なご意見を頂いている
こと、深く感謝申し上げます。(まつしげ)
--------------------------------------------------------------------
[政府インターネットテレビ番組ガイド]
●新着情報
<2CH>週刊総理ニュース(07/09/03~07/09/09)
APEC首脳会議出席、日本・チリ共和国首脳会談 など
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1380.html
<3CH>総理の動き
・内閣総理大臣記者会見(07/09/12)
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1378.html
・APEC首脳会議出席における内外記者会見(07/09/09)
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1372.html
・APECシドニー首脳会議出席(07/09/07~07/09/10)
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1379.html
<22CH>ホットトピックス
総務部総務課 山口六平太 裁判員プロジェクトはじめます!
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg1369.html
<31CH>ニッポンの元気
いつでもいきいき!元気が出るシニア応援ガイド(東京都品川区)
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※ 政府インターネットテレビ
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[安倍内閣の動き]
● 安倍内閣総理大臣記者会見(07/09/12)など
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※ 第4回以降の「政策ライブトーク~言いたい、聞きたい これからの日
本~」について、テーマに関する意見を募集中。詳しくはこちらから。
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[ご意見、ご感想]
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[安倍内閣メールマガジン]
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総編集長:内閣総理大臣 安倍晋三
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「国家が存続するためには、被治者がその時の支配者の主張する権威に服従することが必要である。では被治者は、どんな場合にどんな理由で服従するのか。この支配はどのような内的な正当化の根拠と外的な手段とに支えられているのか。」
マックス・ヴェーバー『職業としての政治』岩波文庫版、pp.10-11
Max Weber が類型化する「内的正当化の根拠」は、以下の有名な三か条である。
1)伝統的支配
2)カリスマ的支配
3)「合法性」による支配
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良書である。徳川の治世は、およそ270年。その中にあって、19世紀半ばの列島の国制変動に直接つながり、かつ徳川政権が主導的に政治刷新を行い得た、最後の転回点と言える寛政の改革。本書は、この改革の実態とその主導者、松平定信の政治家としての人物像を、新書という教養書の枠内で描き切った、一つの優れた晩期徳川政治史である。
私の目下の関心は、19世紀の日本国制史の変動にある。つまり徳川氏を棟梁とする、権力多元的な武家連合政権から、いかにして、京の一隅に逼塞せしめられていた「禁裏」を名目的元首とする、権力一元的な大日本帝国なる近代主権国家が誕生したかにある。
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以下、ニュースから。
日本の「富裕層」、147万人に…金融資産100万ドル超
7月7日20時10分配信 読売新聞
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100万ドル(約1億2300万円)以上の金融資産を持つ日本国内の「富裕層」が、昨年1年間で5・1%増加し、147万人となったことが、米証券大手のメリルリンチなどが実施した調査でわかった。
増加率は、前年(4・7%)を上回った。富裕層は企業経営者が多いとみられ、同社は「戦後最大の景気拡大が続き、ビジネス環境が好転したことが要因ではないか」と分析している。
世界全体の富裕層は、新興国の急成長を背景に8・3%増えて950万人に達した。日本の富裕層はこのうち15・5%を占め、米国に次いで世界2位となっている。
最終更新:7月7日20時10分
読売新聞
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上記の情報源は、下記。
第11 回 ワールド・ウェルス・レポート
(PDFファイル)
当blog記事の「500万人」の根拠は、ミリオネアたちの世帯が平均3.5人だとすると、147万人(世帯)×3.5人=514万人、になるからである。
一応、マーケッティング会社などでは、ミリオネアたちの職業とは、以下のような人々を指すらしい。ハァ~、っと(歎息)。
社長、優良企業役員、医者・歯科医、弁護士、公認会計士、大学教授、マンションオーナー、議員、著名人
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かつて引いた、David Hume の文の原文をたまたまネット上で見つけたので、ご紹介しておこう。
D.ヒューム
政府の第一原理について(1742)
「多数者が少数者に統治されることの容易さ、そして、人々が自らの感情と情念を支配者のそれらのために放棄する是非を問わない従順―哲学的な眼をもって人の世を考える者にとって、これほど驚くべきことは他にない。この驚異がいかなる手段によって実現したのかと問うならば、力 force は常に被統治者の側に在る以上、統治者は意見 opinion 以外に頼るものはないことが、見いだされる。したがって、政府の基礎とは意見だけである。そしてこの格率は、最も自由、最も民衆的な政府と同じく、最も専制的な、最も軍事的な諸政府にも適合するのである。」
D.ヒューム「政府の第一原理について」『市民の国について』上、岩波文庫(1982年)
渡辺浩 『東アジアの王権と思想』東京大学出版会(1997年)、p.v、より孫引き
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私は1915年に、両親とともにリガからペトログラードに移りました。そして一家は、1919年にペトログラードを出発したのです。ペトログラードでは、八歳で二つのロシア革命を目撃しました。第一革命のことは、非常にはっきりと覚えています。街頭には集会があり、旗があり、群集がいました。熱狂と、ルヴォフ新内閣の顔触れをのせたポスター、憲法制定議会選挙のために二十以上の政党が宣伝活動をやっていました。戦争については、私の家族が暮らしていた交際範囲の中では、あまり話題になりませんでした。ユダヤ人は、あの自由主義革命を大歓迎していました。自由主義的ブルジョアジーもそうでした。しかし、それは長くは続きません。ボルシェヴィキ革命は十一月に起こりました。われわれ - 私の一家とその友人たち - は、その革命が起こったことをほとんど知りませんでした。最初の徴候は、ボルシェヴィキの権力奪取に反対するゼネ・ストでした。
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ちょっと痛快なCMがオンエアされている。↓
あんまりピンとこない方は、↓をご覧あれ。
このCMクリエーター、なかなか洒脱な御仁だ。レーニンに託して、無権利状態のフリーターではなく、権利を持つ正社員になろう、ということなのだろうか。それとも、軽いノリで作っただけかな?
下記も参照されるとよいかも。
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年金記録紛失問題が、紛糾、混迷の度を深めている。
アベ内閣総理大臣は、来年5月までに5000万件の全件照合を完了させる予定という。しかし、この問題、当初から、年金問題に詳しい人々が、この期日までには「まず無理」と発言していた。その一方で、閣僚たちは、内閣総理大臣がやる、というのだから、やります、と言う。
アベちんの「心情」はわからんでもない。今年は参議院議員選挙もあるし。なんとか、ポイントをあげたいのだろう。でも、確たる成算や根拠があるわけでもなさそうなのに、「やるといったら、やります。」では、信条以前の心情のレベル、単なる妄想=「こうなったらいいなぁ。」にすぎない、といわれても止むを得まい。
アベちんの「やるといったら、ぜぇぇったいにやるぅ。」という発言のため、彼の下僚たちは、どんどん追い詰められている。社会保険事務所は、日曜も年金相談に対応するし、平日