国際関係

2008年4月12日 (土)

開発援助“帝国主義”(さらに少し追記)

 あるコメントへのresから敷衍して記事化しておくことにする。

 これまで、開発途上国への援助は、主に旧宗主国を主体として、アフリカなら西欧諸国、中南米ならアメリカ合衆国、アジアなら日本、という具合に分担化されてきた。

 この動きは、第二次大戦終了後から延々と続いてきた。「延々と続いてきた」ということは、開発援助は大抵失敗していた、ということに等しい。なぜなら、「開発」援助がうまく行っているなら、途中で経済的に自立し、先進国からの援助なしで自立できているはずだからである。

■なぜ、先進国の開発援助は失敗しつづけたのか

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2007年1月22日 (月)

オーギュスト・ウンコ(Auguste Unco)

 当blogにコメント寄せて戴いたり、TBをつけて戴いている方々は、品と趣味のよい方がほとんどだ。ただ、その中にいくらか、つい怒りや疲れで、品をなくしてしまう人たちがいないではない。下記↓。類は友を呼ぶ、との格言もあるので、当blog作成者にもその臭いが漂うぞ、と指摘されれば否定できないことは、素直に私も認めるところだ。

オーギュスト・コント

肥溜めにおけるうんこのアイデンティティについて

 で、私もそのウンコ流れのひそみに倣ってみたわけ。

 私に言わせると、コントの社会学はウンコである。

 例えば、コントのPhilosophie Positive(実証哲学)、すなわち positivisme(実証主義) は、全く実証的ではなく、17世紀自然哲学者(例、Newton)たちがもたらしたと彼が理解したところの自然科学の手法、つまり、法則論的対象理解を、機械的に社会にも適用しただけにすぎない。また、彼の〈三段階の法則 loi destrois etats〉も、実証主義信仰と同様に、その師サン・シモン(Claude Henri de Rouvroy Saint-Simon)に原型があり、〈人類教〉の教祖というヤバイところも、同じくサン・シモン譲りだ。

 コントの positivisme(実証主義)は、positif(実証的)と何の関係もなく、「俺は、エコールポリテクニク出身で科学の何たるかを最も知っている哲学者だ。この俺なら“社会”の科学を建設できる。」という自己陶酔のイデオロギーに過ぎない。そしてこの流れは、そっくりそのまま、マルクス(Karl Marx)の、 wissenschaftlich = scientific(科学的)という自己規定へと流れ込む。このテーマは話が長くなるので、気が向いたら、 positivisme(実証主義)vs. positif(実証的)の問題、社会秩序の動揺と哲学的リゴリズムの隆盛の問題、として相互に絡めて再論することにしたい。

 ついでに。上記の加齢御飯さんも指摘されているように、ブラジル国旗には《 Ordem e Progresso 秩序と進歩》とあり、これはコントの標語だ。秩序なければ進歩なし。なんでブラジルの国旗にこんな言葉があしらわれているかと言えば、1889年にポルトガル王室の血統を引く皇帝を国外追放し、ブラジル共和政を指導した陸軍士官学校出身の軍人たちが、士官学校の数学教師でコント主義者の Benjamin Constant の影響を受けていたからである。この名前を読んで、一瞬びっくりされた方もいるだろう。そう、Benjamin Constant とは、バンジャマン・コンスタンと読め、もしそうなら、フランス心理小説の傑作である「アドルフ Adolph」の作者のことだからだ。ところが、当然その心配はご無用で、仏人のバンジャマン・コンスタンは19世紀前半の人であり、本名 Henri-Benjamin Constant de Rebecque である。私も、 Isaiah Berlin が好きだというこの自由主義者が、なんでブラジルくんだりまで(失礼、言葉の綾)出かけてくるんか、と思ったが別人ということに落ち着いた。

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2007年1月15日 (月)

史上最狂国家・米国の言動が「美しい国」日本の実質的憲法である

 従って、どれほど対外的に強面(こわもて)ぶっても、ブッシュから早く中国に行ったほうがいいよと示唆されれば、内心嫌でも「は、はぁ」と、安倍内閣誕生後初の外国訪問先が中国になるし、米国政府がインドの核保有を認めれば、ホイホイと「美しい日本国」安倍内閣も、認めるわけである。

 こういう手合いを、中国語で「走狗 zougou」と言い、中国人が最も忌み嫌う罵詈雑言だ。権力者にペコペコする御仁は、普通の感覚では、「見苦しい、醜悪な」といったりするから、これでは、安倍内閣の主要仮想敵国、中国からだって、敵にも値しないと思われることだろう。

 NPT体制にもともと矛盾(=原罪?)があったとはいえ、それに眼をつぶり、その体制をタテマエとして大きな外交方針としてきのは、日本政府である。それを鶴の一声で変え、恬として恥じないのであれば、「核保有国」朝鮮人民民主主義共和国に、何を言っても説得力ないだろう。下記↓参照。

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2007年1月14日 (日)

古池から蛙(かわず)がいなくなる日

 今、大変なことが起きている。日本の河川、湖沼、水田から、カエル、オオサンショウウオなどの両生類がいなくなるかもしれない、という話だ。中米のパナマでは、このツボカビ症が侵入してから、わずか2カ月で地域のカエル個体群が全滅している。↓ぜひ閲覧されたい。

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<カエル・ツボカビ症>国内で初確認 両生類絶滅の危険性も
1月12日12時14分配信 毎日新聞

 世界各地でカエルなどの両生類を絶滅に追いやっているカエル・ツボカビ症が昨年12月に国内で初めて確認されていたことが分かった。アジアで公式に感染が確認されたのは初めて。感染力が強く、致死率も90%以上で、野外に広がると根絶は不可能で両生類の絶滅が危ぐされる。
 日本野生動物医学会や日本爬虫両棲(はちゅうりょうせい)類学会、世界自然保護基金(WWF)ジャパンなど16団体は12日に検疫強化や販売・流通の管理、情報提供などを訴える緊急事態宣言を公表した。
 ツボカビ症が確認されたのは、東京都内で昨年11~12月に個人がペットとして飼っていた中南米産のカエル。11種35匹中14匹が死んだため、麻布大学で調べたところ、昨年12月25日にツボカビ症と確認された。
 ツボカビは真菌の一種。もともとアフリカ固有の菌だったとみられ、90年代に豪州でカエル激減を招いた病気として98年に初めて発見された。すでに豪州や中南米の両生類が壊滅的被害を受けているという。ヒトへの感染は確認されていない。
 麻布大の宇根有美助教授(獣医病理学)は「飼っているカエルなどの両生類に異変があれば、すぐに獣医師などに相談してほしい。水の管理が最も重要で、水槽の水を排水溝や野外に流さないでほしい」と訴えている。
 ツボカビ症に関する情報は、以下のホームページに掲載している。
日本の両生類に危機 カエルツボカビ症が国内で初確認
2007年1月12日 WWFジャパン

麻布大学

【山本建、田中泰義】
最終更新:1月12日16時3分
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2006年11月28日 (火)

内戦の開始、イラク

 イラクは、内戦という分水嶺の向こう側へ勢いよく転がりだしてしまった。↓

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シーア派民兵、報復開始 イラク、内戦転落の恐れ
 【カイロ25日共同】イラクの首都バグダッドで24日、イスラム教シーア派の反米指導者サドル師が率いる民兵組織「マハディ軍」とみられる勢力が、スンニ派住民6人に灯油をかけて焼き殺したほか、スンニ派のモスク(礼拝所)などを焼き打ちし、少なくとも計約30人以上が死亡した。AP通信などが報じた。23日にシーア派住民ら200人以上が死亡した、過去最悪の規模の連続テロに対する報復が広がり始めたもようだ。

 宗派対立による治安の混迷がさらに深まり、事実上の内戦に転落する恐れが強まった。カジ国連事務総長特別代表は「統制の利かない暴力の応酬によって、イラクの社会構造や将来の平和への期待が脅かされている」と警告した。

 警察によると、バグダッドでは24日、金曜礼拝を終えモスクを後にしたスンニ派住民が、マハディ軍兵士らに襲撃され、6人が死亡。スンニ派地区では、ロケット弾や自動小銃で武装したマハディ軍兵士らが、モスク4カ所や民家を攻撃し火を放った。シーア派地区のサドルシティーでは、付近のスンニ派地区にロケット弾を発射した場所を、駐留米軍のヘリが空爆した。

 サドル師派の連邦議員らは、今月末に予定されるブッシュ米大統領との会談をマリキ首相が中止しなければ、議会活動を停止すると表明。マリキ政権に大きな打撃となるのは必至だ。
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 内戦と動き出した歯車は、既に米国の思惑を超えだしてしまっている。↓

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イラク 分裂すでに独り歩き 各派、米軍と「別の論理」
 【カイロ=村上大介】米国のラムズフェルド国防長官の辞任によって、ブッシュ政権の対イラク政策がいかに変化しようと、泥沼化したイラクの治安情勢の改善に大きな影響を与える可能性は少ない。宗派抗争を軸としたイラク分裂に向けた動きはすでに米軍の存在とは別次元の論理で表面化しており、米国が打てる手は限られている。

 イラクのイスラム教スンニ派政治勢力からは、「米国が正気に戻りつつあることを示すものだ」(イラク国民対話のムトラク党首)などと、ラムズフェルド氏辞任を歓迎する声が上がった。同党首は戦後の政治プロセスに参加し、スンニ派反米武装勢力とは一線を画しているが、ブッシュ政権の政策に対する反感は、フセイン政権崩壊で片隅に追いやられたスンニ派に広く共通する。

 一方、戦争を契機に主役に躍り出た多数派のシーア派の反応は微妙だ。シーア派主導のイラク政府報道官は「内政問題だ。われわれは政府に対応しているのであり、個人ではない。(米国の)戦術に変化はあっても戦略は変わらないだろう」と述べるに留まった。

 マリキ首相は、米軍からイラク治安部隊への早期の権限移譲を訴えているが、同政権の治安維持能力は依然として脆弱(ぜいじゃく)であり、米軍の駐留なしには政権の存続自体が危うくなる。要求の背景に、米軍の後ろ盾で治安組織をシーア派に有利な形で固めてしまいたいという思惑があるのは明らかだ。

 こうした中、議会の穏健スンニ派政治勢力は8日、宗派抗争による無差別殺人の中心にいるとされるシーア派民兵の解体にマリキ政権が真剣に取り組んでいないとして、「このままでは政治プロセスを捨て、武器を取らざるを得ない」と脅しに近い声明を発表、戦後の政治プロセスも曲がり角にさしかかっている。

 宗派抗争に手を染めていない北部のクルド人勢力は、91年の湾岸戦争後、すでに独自の政府を持つ自治区を確立しており、イラク中・南部が内戦状態になれば、ためらいなく独立に向けた動きを速めるだろう。

 10月の宗派抗争の犠牲者は首都バグダッドを中心に1300人近くにのぼった。スンニ派武装勢力や国際テロ組織アルカーイダ系のイスラム過激派も活動を弱めておらず、10月の米兵の死者は戦後3度目の100人を超えた。

 米軍がシーア派を押さえにかかれば、同派内でもっとも強力な民兵を擁する反米強硬派のサドル師派との正面対立に向かいかねない。米軍は、シーア、スンニ両派の争いに下手に介入しようとすると、双方から銃口を向けられる立場にある。

 しかし、米軍が早期にイラクから撤退すれば、イラクに潜在してきた宗派・民族間の確執に対する重しは完全に消える。一方、状況が好転する見通しがないまま駐留を続ければ、すでに2800人を超えた米兵の死者は増え続けることになる。

                   ◇

 ≪共和党・次期大統領有力候補 マケイン上院議員≫

 ■「イラクで勝利なお可能」

 「反乱を打ち砕き、宗派対立に政治的解決をもたらすのに不可欠な一定の治安を確保するのに十分な米兵力がイラクにあるのかどうか、ゲーツ次期国防長官と話したい。従軍中の州兵、予備役の重い負担を軽減する目的も込めて、陸軍と海兵隊を増強することが緊急に必要かも協議したい。イラクでの勝利はなお達成し得る。米国が混乱から逃げ出すことは想像しがたい。米国民がイラク戦争で厭戦気分になろうとも、勝つためになすべきことをやることが兵士の早期帰還につながる」(議員のホームページに掲載された8日の声明)

 ≪民主党外交委員長有力候補 バイデン上院議員≫

 ■「各派自治で包括的解決」

「われわれは新しい目でイラクをとらえ、進路変更にも真剣だというメッセージを米、イラク両国民と世界に送る必要があり、(長官辞任は)2つとも果たした。スンニ派、シーア派、クルド人に自治を営める余裕を与えることでイラクという国を維持し、石油収入を分け合い、周辺国を関与させるという包括的な政治解決がわれわれに残された唯一のチャンスだ。国益を損なわず、混乱をめぐり独裁者と取引もせず、責任を果たしてイラクを去ることができる唯一の方法だと信じる」(議員のホームページに掲載された8日の声明)                   ◇

 ■米国の対イラク政策の経過

2001・9・11 米中枢同時テロ発生

  03・3・20 米英がイラク攻撃開始

     4・9  バグダッド制圧、フセイン政権崩壊

     5・1  ブッシュ大統領、大規模戦闘終結を宣言

     7・13 イラク人による暫定統治機関「統治評議会」発足

    12・13 米軍がフセイン元大統領を拘束

  04・6・28 イラク暫定政府に主権を移譲、連合軍暫定当局は解散

    11・2  米大統領選でブッシュ氏再選

  05・1・20 ブッシュ大統領2期目スタート

     1・30 イラク国民議会選挙

     4・28 移行政府発足

    10・15 憲法草案についての国民投票

    12・15 憲法に基づく国民議会選挙、シーア派会派が第一党

  06・6・8  米軍、ザルカウィ容疑者死亡と発表

    10・30 治安悪化、10月の米兵死者100人に達す

    11・5  フセイン元大統領に死刑判決

       7  米中間選挙、民主党躍進

       8  ラムズフェルド国防長官辞任発表
(産経新聞) - 11月10日8時0分更新
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 そして、米国にとり、イラクへの軍事行動期間は、日米戦を超えた。↓

<米国>イラク駐留、太平洋戦争の期間超える 長期化に非難

*「イラク、事実上の内戦へ」で既にお知らせしたが、米国防総省が上院へ提出したイラク報告書のPDFのネット上の在り処を再掲しておこう。

Measuring Stability andSecurity in Iraq, August 2006
Report to Congress In accordance with the Department of Defense Appropriations Act 2006 (Section 9010)
このReportでは、p.33 (pdfでは、33/66)の、‘Concerns of Civil War’(内戦への懸念)を参照されたし。

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2006年10月29日 (日)

キューバ人少年に差別的待遇=日本関与の国連絵画コンテスト-賞品もらえず

キューバ人少年に差別的待遇=日本関与の国連絵画コンテスト-賞品もらえず

 【サンパウロ27日時事】日本の非政府組織(NGO)、地球環境平和財団(東京都港区)主催の「国連子供環境ポスター原画コンテスト」の表彰式で、米国の対キューバ輸出管理規制に触れるとして、キューバ人少年が1人だけ副賞のニコン製のデジタルカメラをもらえなかったことが27日までに分かった。少年の保護者らは「純真な子供の心を踏みにじった」と強く反発している。
 このコンテストは国連環境計画(UNEP)やニコンなどが共催。ハバナ在住のレイセル・ソーサ・ロハス君(13)の作品が中南米地域の最優秀賞に選ばれ、レイセル君は今年6月、アルジェリアで行われた表彰式に出席した。その際、世界の他地区の受賞者には盾や賞金のほか副賞としてデジタルカメラが贈られたが、レイセル君だけカメラの代わりにバッグと高級絵画セットを渡された。 
(時事通信) - 10月27日15時0分更新

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2006年10月17日 (火)

第二次朝鮮戦争の可能性

 北朝鮮の、日本に対する安全保障上の脅威は、そのポンコツのミサイルや失敗した核実験による、ありもしない軍事上の脅威などではない。北が国家として崩壊する際に、まともに影響を受ける、地続きの国、中国・韓国の混乱が問題なのだ。

 単純に、国家主義者たちの好きな経済力の指標の中の日本の対外輸出額でみると、国別ではまだ辛うじて米国が一位だが、地域別でみると、中国+台湾+香港+韓国、への輸出額は、米国一国の2倍である(2006年度通商白書参照)。で、この四カ国は、北朝鮮の国家崩壊で最もダメージを受ける国々なのである。また、日本海への北朝鮮からの大量のボートピープルの出現(日本政府は見殺しにするかも?)、北朝鮮から大量の通常兵器拡散・流出の可能性、等がすぐさま考えられる。

 つまり、北の安保上の脅威とは、偏執的右翼マスコミや、頭の少し緩い与党幹部の言う「北が攻撃したら、危ないでしょ?」などということではなくて、北の国家崩壊の脅威なのである。

 例えて言えば、自分の住んでいる隣にオンボロの化学工場があって、いつ爆発やら大火災が起きるか分からん、という危険に、「なら、自衛のための武器を準備しよう。バズーカ砲あたりなら安心できる。」と叫んでいるのが、この連中なのである。

 で、中国、韓国が、自国の安全保障上のため自衛権の行使、もしくは人道上の名目で、軍事介入する可能性は否定できない。これが表題にいう「第二次朝鮮戦争」だ。

 ただし、万が一、日本軍(=自衛隊)が北朝鮮の軍と一戦を交えるのなら、自分や自分の倅(せがれ)たちを真っ先に最前線に送ってね、安倍ちゃん。そこには、あなたの言う「美しい日本」のための「美しい死」が待っているから。そのときは、倅(せがれ)たちに、美しく呼びかけてください。「靖国で待ってる!!」。

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2006年10月16日 (月)

北朝鮮、崩壊の足音

タイトルを少々変更して、昨日の記事「北朝鮮の核実験、に一言(1)」の続きです。

 まず、この核実験が失敗した可能性に言及した記事を紹介する。

核実験は失敗か 谷内外務次官が指摘
産経新聞(10/15 20:48)

<北朝鮮核実験>「あったの」「なかったの」依然未確認 
(毎日新聞) - 10月15日9時20分更新

依然放射線検出なし=文部科学省の測定
(毎日新聞) - 10月15日19時8分更新

技術的に核実験ではない可能性、専門家が主張
(YONHAP NEWS) - 10月14日10時9分更新


 そして、それが何の犠牲の上に成立しているか、の記事。

<北朝鮮>一般市民困窮にあえぐ 石炭、食糧は極限状態
(毎日新聞) - 10月15日13時32分更新

核実験費用、最大910億円=韓国紙
(時事通信) - 10月13日17時1分更新


 このことは、近い将来の北朝鮮の国家としての崩壊を我々に示唆する。


「北朝鮮崩壊」韓国で研究再開 8年ぶり民間会議
(産経新聞) - 10月2日8時0分更新

 この記事の最後に目を引く部分があるので、それだけは再掲する。
「 軍事対応では、白承周・国防研究院対北政策室長が「各国が自衛権の範囲、もしくは人道の名目で介入する可能性」を指摘する一方、韓国が単独で事態に対応した場合は中国の反発を招く心配があると述べた。」

 つまり、北の体制崩壊に対して、「自衛権の範囲内で」、韓国、中国が(同時に、もしくは共同して)北に軍事介入する可能性があるわけだ。中韓による平和維持軍司令部が作られるかも知れない。

 これが国家理性からする冷徹な現実認識だろう。

 その一方で、日本の政治家の「現実的」とは以下のようなことらしい。

「核保有、議論はあっていい」…中川・自民政調会長
(読売新聞) - 10月15日21時8分更新

 これはリアル・ポリティクスから最も遠い、保守政治家が一度は「声に出して言いたい」火遊びに過ぎない。

 早速、ロイターが外電を世界中に打っている。

Japan should debate going nuclear: ruling party MP
(Reuters) Sun Oct 15, 2006 8:57am ET170

 馬鹿丸だし。こんな国に、拒否権を持つ国連安保理理事国になってもらいたいなぞと、どの国が考えるのか? 自ら作った《幻のリアリティ》の住人である点では、北朝鮮と五十歩百歩だ。

 以下の記事も考えると、小泉=安倍=外務省の面子丸つぶれだろう。

国連事務総長に潘基文氏=北東アジア初、北の核など課題-総会
(時事通信) - 10月14日7時0分更新

 「日本国」の国家崩壊も近い。

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2006年10月15日 (日)

北朝鮮の核実験、に一言(1)

この件は冷静に考えればあまりおおげさに評価しなくともよい、と思う。
なぜなら、以下の諸点が考えられるからだ。

1)元来、核分裂という現象は自然界では起こりにくい。だから、核分裂実験というのも技術的には高度なものに属する。しがたって、本当に満足すべき、核実験ができたのかどうか検証する必要がある。

2)そして、その難しい核分裂反応を爆弾化して、ミサイル弾頭に装着する、というのは、さらに技術的に高度なことである。

3)新たな制裁を呼び寄せる「核実験」を、密かにやらず、発表する、というのは、少なくとも、対世界に対しては、クレージーとしかいいようがない。つまり、この「核実験」は、北朝鮮お得意の瀬戸際外交というより、国内向けと考えられる節が多々ある。

以上から、私は、北朝鮮が、国内向けに見せるために核実験を起こしたが、失敗だったと見る。では、なぜそんなアホなことをしなければならないのか。それはまた次回に。

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2006年10月 9日 (月)

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)

 はじめにお詫びを。前回の(1)のドイツ語リンクが間違っていました。リンクを辿られて変だな、と思われた方、ごめんなさい。10/1付けで、訂正してあります。

 さて、教皇の講演を読んですぐに気が付くことがある。それは「理性 Vernunft, reason」という言葉の多さである。試みに、ドイツ語版、英語版、日本語版をそれぞれ、ワードに落として、検索機能で出現回数をカウントしてみた結果が以下である。

「理性 Vernunft, reason」
ドイツ語版 45 回
英語版   44 回
日本語版  52 回

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2006年9月26日 (火)

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演(1)

 気になっていたが、私がたまに伺うブログでも取り上げられつつあるので、検討のための第一次資料の所在をご紹介しておこう。私自身の所感は次回以降に。

教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演
信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12)

1)日本語訳(by カトリック中央協議会)

2)ドイツ語原文*

3)英語

参照ブログ

1)教皇のことば・4(by Fixing a Hole さん)
関連記事を丹念に拾ってあり、非常にありがたい。初回記事~3も参照。

2)信仰と理性(by かわうそ亭 さん)
率直に、ご自分の所感を述べられている。

3)クリップ、ベネディクト16世の“神学”トーク、仏語版(by ね式(世界の読み方)ブログさん)
こちらを忘れていました。失礼。

*リンクを間違えていました。10/1訂正しました。参照して戴いた方々、ごめんなさい。

参照
教皇ベネディクト十六世のレーゲンスブルク大学での講演 信仰、理性、大学――回顧と考察 (2006.09.12) (2)

 


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2006年9月20日 (水)

贈る言葉 to アベ内閣総理大臣

 出不精の私が、気が向いたときに訪れる二つのblogに、期せずしてアベ内閣総理大臣への懸念が書かれていた。

最悪の総理(by「かわうそ亭」さん)

自大史観と事大主義(by「激高老人のブログ」さん)

 で、この御仁は、北朝鮮との国交復活を目指して政府が動き出し、小泉首相、金総書記との2002年9月17日「日朝平壌宣言」後、初めは一時帰国だったはずの拉致被害者たちを、「返してはならない」と言い募り、外交交渉という国際政治のプロトコルに乗り始めていた北朝鮮との関係をぶち壊した張本人である。つまり、己の政治ポイントを稼ぐためなら、(国家理性から冷徹に計算された)国益なぞどうなってもかまわん、という、根っからの単サイボー自己中右翼野郎だ。

 で、これは結果的に見ると、田中宇氏が指摘する*ような、北方領土の4島一括返還を主張することが、国内の冷戦構造を維持し、対米従属を深め、ひいては霞ヶ関官僚の国政支配を延命強化することに他ならない。

 それにしても、かわうそ亭さんの言われた、「完全な自信と完全な無能の組み合わせ」、は至言というべし。

*多極化と日本(2)北方領土と対米従属(by 田中 宇氏)

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2006年8月26日 (土)

国家の‘上格’、‘下格’

「学生たちと話をしていて思うのは、日本は大金持ちで、世界一力の強いアメリカとくっついているので海外の評判、とくにアジアの国々のいうことなど気にする必要はないと彼女たちが考えているということです。アジアの国々との友好的な関係なしに日本の未来はないというと、「え、だって格下の国でしょう?!」という発言がありました。」*

 これは、某大学におけるゼミの一こまである。某教授の推測では、この手の思考が、N国K首相の、国家非理性的行動を支持しているのだという。確かに。

 でも、こういう国民や個人は、一つ不都合なこと直面せざるを得ない。

 たとえば、いま日本が大金持ちだとしても、いつ零落するかわからない。そのときには別の国が(例えば中国や韓国が)、大金持ちだろう。そのときは、中国人や韓国人から「格下」とみなされても当然だし、彼らから非礼なことを言われても、黙っているべきということになる。

 また、世界最強の米国が日本を見限って(例えば日米安保破棄)、東アジアの政治的パートナーとして、全面的に中国を選択したとき、大日本国の国際的な価値は極小化してしまうが、それは仕方ないことになる。

 史上最強の人間がいたとして、その彼(彼女?)も、人間である以上、睡眠をとらざるを得ない。そのとき、寝首をかかれたら、おしまいなのだ。それで護衛つけるのだが、その護衛が、やはり力のみしか信じない者であれば、いつか寝首をかくだろう。これでは安んじて寝ることなど不可能だ。

 人間と人間の関係を、なんらかの「力(ちから)」のみで律せられると考えることは、究極的に、非現実的で無理なことなのである。

 「法」は弱者のみが必要とするか。いや、そうではない。なぜなら、強者も人間である以上、所詮、人間としてのvulnerability(傷つきやすさ)から逃れられないのだから。「法」とは、己の隣人に対する信頼の、別の名なのである。

*千鳥が淵に立つさざ波
のコメント欄、参照。

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2006年8月 7日 (月)

イスラエル空軍は「赤十字」を目印にして爆弾を落とす

 どうも、イスラエル空軍は、「赤十字」社の救急車の天井に描かれている、the red crossを爆撃目標にして、ミサイルをぶち込んでいるらしい。これがテロでなくて、いったい他のなんなのか*。

 しかし、日本のマスコミは、イスラエル軍によるレバノンでのテロについて、過小にしか報道していない。当然、赤十字の救急車攻撃のニュースも報道された形跡が無い。

 この日本のマスコミの、大人しい愚鈍ぶり、には、どうも日本政府の「助言」があるのではないか、と疑われても仕方があるまい**。

 こういうイスラエル軍のテロに晒されているのは、ヒズボラではなく幼い子供達であることは、この写真を見れば一目瞭然。一瞬前まで元気だった我が子が、一つの肉塊になってしまう現実を、正気で受け入れられる人の親がいったいこの世にいるだろうか***。

 イスラエル軍のテロを受けなければ、おじちゃんやおばあちゃんたちの暮らす、至極ふつうの毎日が繰り返されていた。レバノン内戦の痛手からようやく立ち直り、生活を再建でき始めたところだというのに****。

 私たちは、このイスラエル軍の戦争犯罪に関してこう考えなければならない。イスラエルを一貫して支えている米国、その米国のイエスマンと成り果てている現日本政府も、同罪だということを。そして、もしあなたがこのお盆休みで海外へ行くなら、そこでは確実に、「イスラエル軍のテロを支持している日本人」とみなされることを覚悟されたほうがよいだろうことを。

*
Israeli missiles had clearly pierced the very centre
of the red cross on the roof of each ambulance
("Independent"07/26/06 by Robert Fisk)

**
戦争とマスコミ(「田中宇の国際ニュース解説」より)

***
HALT THE GENOCIDE IN LEBANON !!!!

****
写真でイスラーム
CAYHANE ELMA

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2006年7月27日 (木)

なぜ、今レバノン侵攻か

 次回、米国大統領選は、2008年。おそらく、民主党候補の勝利だろう。そこで、共和党政権の間に、かつての大日本帝国の満州国のような既成事実を作り上げておこう、というのがイスラエルの意図であり、おそらくブッシュも green light を出している。というのが、我が知人の分析である。

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2006年7月23日 (日)

日本だけが踊る北朝鮮非難

 そりゃぁそうだろう。北朝鮮のミサイル花火は、日本海に落下し、人畜無害。一方、イスラエルは、レバノンを事実上、軍事的に侵略し、300人以上を殺戮しているのだ。この鈍感さは、何だ?

レバノン首相は叫ぶ。「イスラエルによる無情な報復がわれわれに加えられるのを国際社会は傍観できるのか。これが国際社会の言うところの『自衛』なのか」、と。

国際社会に即時介入要求=死者は300人以上-レバノン首相

 【カイロ19日時事】レバノンのシニオラ首相は19日、イスラエルによるレバノン攻撃激化で大きな被害が出ていることを受けて、同国駐在の外国大使らを 前に演説し、「即時停戦とレバノンへの緊急人道支援の要求に対し、直ちに、留保やちゅうちょなしに対処」するよう国際社会に呼び掛けた。AFP通信が伝え た。
 同首相は「イスラエルによる無情な報復がわれわれに加えられるのを国際社会は傍観できるのか。これが国際社会の言うところの『自衛』なのか」と感情的な調子で訴えた。
 米国はイスラエルのレバノンへの攻撃が、イスラム教シーア派武装組織ヒズボラに対する「自衛」であるとの立場に固執して介入を拒否、民間人の犠牲者の急増を事実上放置している。
 シニオラ首相は、これまでの8日間にわたるイスラエル軍の攻撃で、300人以上が死亡、1000人以上が負傷し、50万人が家を追われたことを明らかにした。 

(時事通信) - 7月20日7時0分更新

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2006年5月30日 (火)

服部正也「ルワンダ中央銀行総裁日記」中公新書1972年

 著者の人間としての誠実さが印象的。その誠実さが、途上国と向き合うとき、抽象的な分析や、先進国人からの思い込みなどに囚われない、的確な現状分析と判断を生むのだろう。その根拠の上に、誠実に、そこの人々に向き合い、話し合い、理を尽くし、説得し、同意してもらい、己の政策プランを一歩一歩現実化していく。

 ヒューマンドラマの傑作であり、開発問題に関する日本を代表する古典である。英訳版が出ても、充分セールス的にも成功するだけの面白さを持つと思う。

 著者の、 Cool head, but warm heart ぶりに、往年の優れた官僚をみて嘆息するのは私だけではあるまい。

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2006年4月 3日 (月)

フランスにおける「権利のための闘争」(2)

 “権利=法=正義”は、王権の恣意的な支配(恣意的徴税、裁判、身体的拘束)への、封建貴族、諸身分の対抗論理としての“特権”という形で培われてきた。その、ある意味で不条理でもあった歴史的遺産を、近代の諸革命において、すべての諸身分が“対等”に享受するものとして、180度価値転倒したものが、「自由」であり「平等=誇りを持つ人間としての対等性」なわけだろう。

 “旧世界”における身分関係を嫌い、逃れて、“新世界”を再創造したはずの合衆国では、身分に基づく位階制ではなく、それにかわる冨に基づく位階制を作り上げた。そのほうが出自の怪しい歴史的“身分”よりフェアだというわけだ。

 グローバル経済化という名の、米国流の経済的新自由主義化は、“歴史”やら、“権利=法”やらの根拠の怪しい代物ではなく、諸国家で構成される世界秩序も、よりすっきりした“冨”という位階制によって、再構成されるべきだというイデオロギーと評価できる。

 それはつまり、「権利(≒世界人権宣言)に対する闘争」⇔「法(≒自然法、国際法)に対する闘争」なのだ。合衆国がイスラエルの国際法違反を擁護し続け、己の“裏庭”中南米に平気で軍事侵略→立派な国際法違反を繰り返してきたのも合点がいく。

 また、その米国に委細構わず従おうとする小泉自民党が、“戦後”が作り上げてきた、権利=法、をなし崩しに葬り去ろうとするのも道理なわけだ。

 今、われわれの眼前で危機にさらされているのは、我々だけでなく「法=権利=正義」そのものなのである。

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2006年3月16日 (木)

隣人の権利は、“あなた”の権利そのものだ

 戦乱のアフガニスタンから逃れてきた青年が、難民申請しているにも関わらず、法務省は認定せず、不法滞在として拘束と仮釈放を繰り返している事件がある。このことは、すでに、このblogでも、幾度か取り上げた、

 現在、係争中だが、その東京高裁での裁判が来る4月12日(水)にあり、結審が出る可能性がある。もしご関心があれば下記のリンクから詳細をご覧戴きたい。

がんばれアリジャン Ali Jane Project

 また、同じゴールを目指しつつ、微妙にそのアプローチの異なる*、知的朋友、「 日記はこれから書かれるところです。」さんの下記記事も参照されたい。

■アリジャン次回裁判4月12日です■

 自らの意思ではないが、縁あって、この世に生を享けた我々。その我々の人間としての権利の問題に、日本人も、“国民”も、外国人も、その区別があるわけがない。すべて、隣人の問題なのだ。そして、隣人の問題とは、あなたや私の問題なのである。

*どうも察するに、氏は Kantian らしい**。私は、Kant も、Kantian、Neo-Kantian にも、実は文句がある。氏の折伏をめざすことで、renqing理論を鍛えようかと密かに(バレてるって)目論んでいる。おいおい記事化しよう(したい、できたらいいなぁ)。

**ま、これも私の当て推量に過ぎないが。

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2006年3月 3日 (金)

シャツの第二ボタン

「えーっと、なんだな、女房ってぇのは、シャツの第二ボタンみたいなもんだな。」

「そりゃぁ、どうしてだい。」

「あっても無くても、同じ。」

 この、志ん生の小話なら、フェミコードには抵触しない?、だろう。

 私のは、《米国にとって、シャツの第一ボタンは China であって、Japan ではない》っていう小話。

「『脱亜論』の根底にあったのが、『文明化』していないにもかかわらず、依然として『大国』であるがゆえに、西洋においても、場合によっては日本以上に配慮が加えられる清国という存在であったとすれば、こうした状況は、実は形を変えながらも今日の欧米と中国、日本の三者の関係に置き換えて考えることができるであろう。天安門事件によって、現在、一時的に冷却期に入っているとはいえ、もともと欧米には中国への過大評価という傾向がある。今日の日本は明治期とは異なり、経済的には自他ともに認める『大国』であり、欧米における中国と日本との比較のイメージが日本人に意識される度合いは低いようである。しかしながら、例えば、アメリカが、ことパワーポリティクスのレベルにおいては中国に少なからぬ重点を置いて常時行動はしていることは、日本の頭ごなしになされたかつてのキッシンジャー外交による米中関係改善にも明らかである。」
坂本多加雄 『日本は自らの来歴を語りうるか』筑摩書房(1994年)*、p.58

 ここには、今の国権派が認めたくないであろう事実でもしっかりとらえ、理由を明らかにしようという明晰な知性がある。それにしても《大国》へのこだわ振りは少々奇異だ。この坂本氏にして対外コンプレックスを引きずっているのか。

*この本は近代日本政治思想史のものとしても、いわゆる保守系論客のものとしても優れている。そして面白い。良きインテリジェンスと対話する楽しみを与えてくれる。某数学者とはエラい違いだ。論者は《作る会》にも積極的に関わっていただけに、その早すぎる死は、保守派、国権派にとってだけでなく、市民派にとっても極めて痛い。なぜなら、公論が磨かれるためには、異なる立場の優れた討論者を必要とするからである。再論の予定。

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2006年2月 7日 (火)

藤原正彦 『国家の品格』 新潮新書 2005年(2)

 事実誤認を一つ。

p.57
 例えば、「人を殺してはいけない」というのも、完全に真っ白ではありません。そもそも、死刑という制度があって、合法的殺人が認められている。

 この記述は正確ではない。下記のサイトをご覧戴きたい。現在、196の国家がある中で、死刑存置国は、76カ国、法律上・事実上の死刑廃止国の合計、120カ国である。先進工業国で、死刑存置国は、日本、米国、韓国だけであり、そのうち韓国も国会で死刑廃止法が3回も上程され、死刑執行も10年近く執行していないので、近いうちに廃止国になるだろう。つまり、ブッシュ氏と小泉氏だけが、こまわり君よろしく(ウーン、古い)、「死刑!」で頑張っているわけだ。

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2005年10月23日 (日)

徳川幕府の対外的な自称

 日米和親条約(神奈川条約)上では、徳川幕府はなんと表記されているか。

「帝国日本」
http://archive.hp.infoseek.co.jp/law/1854Japan-America.html
http://www.ndl.go.jp/site_nippon/kensei/shiryou/limage/Gazou_35_2.html

英語表記ではどうか。

"the Empire of Japan"
http://web.jjay.cuny.edu/~jobrien/reference/ob25.html

条約原本は、消失したらしく、複製が外務省に展示されているようだ。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/akebono/04.html

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2005年10月20日 (木)

《Recommend》は、《demand》か、《request》か

 米政府による、2005年の《年次改革要望書》はまだ提出されてはないようだ。そこで、2004年10月14日に日本政府に提出されたもので、見てみよう。

 《demand》は、正当な命令する権力に基づいて「要求する」こと。《request》は、「頼む」こと。さて、米政府の《年次改革要望書》は、命令権者からの要求なのか、友達からの「頼み」なのか。

 文書のタイトルは《Recommend》なので、「あのさぁ、君のためにやったほうがいいと思うよ。」だが、内容は、微に入り、細をうがつ体のもの。箸の上げ下ろしまで助言してくれるこの親切心。

 日本人が、単に《request》されたことを、勝手に自分で、《demand》されたと考えてしまうことを逆手にとって、実に巧妙で狡知な罠を仕掛けてきていると考えたほうがよいかもしれない。

 友人ぶっちゃって、《Recommend》だってさ。僕(しもべ)ぐらいにしてか思ってないくせに。「小さな親切、大きなお世話」だよ。

1)日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書2004年10月14日

2)Annual Reform Recommendations from theGovernment of the United States to the Government of Japan under theU.S.-Japan Regulatory Reform and Competition Policy Initiative October 14, 2004

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2005年10月 5日 (水)

帝銀事件の真犯人=731部隊諏訪軍医中佐(情報追加)

表題の件につき、以下の手記をご覧下さい。

【占領時代の情報残渣】
http://homepage3.nifty.com/time-trek/longdays/w3-2.html
抜粋「歴代の法務大臣は皆真相を知り得る立場にあったので、誰一人として平沢貞通の死刑執行の印鑑を押すものは居なかった。 」

下記も参照。

帝銀事件
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/teigin.htm

 

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2005年10月 1日 (土)

普天間移設協議とペリー提督

在日米軍再編の協議↓がもめている。

<在日米軍再編>普天間移設協議物別れ、年内決着困難に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051001-00000006-mai-pol

沖縄は、米軍にとって特別な島である。自らの血で購い、大日本帝国およびその軍隊に、実質的に最後の一撃を加えた地域だからだ。たとえ、米政府が《返還》しようが、何しようが、つめのひとかけら、指一本触れさせるものではない。ましてや、実質的基地面積縮小につながる日本案など検討する価値もない。

そもそも、米国が沖縄(=琉球)の戦略的価値に目覚めたのは150年も前の話だ。徳川270年の太平の眠りを覚ましたペリー提督は、この極東遠征中、本国政府に琉球の占有を具申して,却下されている。

その、米国の100年の夢を、今次の米日戦で、やっとかなえたのだから、そうやすやすと沖縄(=琉球)を返すわけがない。

それを逆手に取る方法はあることはある。まず、沖縄(=琉球)が日本から独立宣言する。と同時に、琉球国は国連に加盟申請する。そのうえで、琉球国として米国に基地賃貸料を請求する。琉球国の重要性はウズベキスタン(当 blog 9/23付記事を参照)の比でないないはず。その地代収入があれば、新琉球国の財政は当分安泰だろう。地代を渋ったら、国連総会にその不当さを訴え、米国抜きの国連軍を派遣してもらい、米国軍を東シナ海か太平洋に追い落とせばよい。:-)

これで、日米安保の、あるかなきかの東京のための効用に、沖縄(=琉球)だけが一方的に負担をさせられているという状況は、根本的になくなる。

北海道も、独立宣言して、極東ロシアと自由貿易圏でも形成したほうが、よほどマシになるかもね。「よ~く、考えよ~。地政は大事だよ~。」

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2005年9月25日 (日)

なぜ、オランダのサッカー選手はスペインへ移籍するのか?

オランダの著名なフットボーラー、かつてのヨハン・クライフ、現バルセロナ監督のフランク・ライカールトや、現役のパトリック・クライファート、など選手として、そして、監督等として、リーガ・エスパニョーラに移籍するオランダ人フット・ボーラーは枚挙にいとまがない。スペインのリーガ・エスパニョーラは、気候、風土等、例えば、イングランド・プレミアリーグと比べると、オランダとの違いはかなり激しい。にも関わらず、なぜオランダ人は気軽にスペインへ動くのか。

このわけは、オランダとスペインの歴史的因縁に関連する、というのが私の仮説だ。簡単に言えば、かつてのオランダはスペインと同じ国だったのである。どういうことかというと、オランダはスペイン・ハプスブルグ家の領地だったのである。ま、500年くらい前のことだが。そのため、昔から、人的、文化的交流がオランダ・スペイン間に盛んだった。国際法で有名なグロチウスも、その仕事の想源をスペインのビトリア、スアレスといったスコラ学者に負っている。

また、オランダは寒い土地であり、アルプス以北のヨーロッパ人が、南欧の温暖で陽光きらめく自然に昔から憧憬の念を抱いていることもあろう。文豪ゲーテもイタリア紀行を書いている。現代オランダ人も、できればバカンスにスペインに行きたいという。

おそらく、サッカー協会設立等の経緯についても関連があるかもしれない。わかったらまた書いてみることとする。

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2005年9月22日 (木)

幕末の28歳外務大臣

表題は、あまり正確とは言えないが、ま、とにかく、その面魂(つらだましい)をとくと、
ご覧あれ。下記↓サイト。

東京大学コレクション 幕末・明治期の人物群像

*注 外国奉行就任は、文久3年で、それを満年齢で考えると、26歳、となる。(2006/02/12)記。

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2005年9月21日 (水)

日米安保=日英同盟?

日米安保条約の廃棄を検討する際、歴史的な先行事例として重要なのは、日英同盟である。

日英同盟が廃棄されたのは1923年(大正12年)。8年後の1931年には、関東軍の石原・板垣コンビがやらかした満州事変を皮切りに、あれよあれよという間に、中国と全面戦争化し、あまつさえ、廃棄18年後の1941年には、米国との戦火を交えるところまでエスカレートした。

日英同盟廃棄後の大日本帝国には、どう考えても国家理性らしきものがあったと思えない。国家非理性(クレージー)である。象徴的なのは、国際連盟脱退。

今の小泉氏と外務省がのどから手が出るほど欲しい常任理事国のポストを1920年の連盟発足当初から確保し、事務次長ポストも二度ゲット、常設下部機関である国際司法裁判所に判事も何人か送り込み、この旧国連を舞台に国際的影響力をそれなりに行使していた。

あー、それなのにそれなのに、1933年満州事変処理を不満として自分から脱退してしまうのだ。アホかい、って!

明治クーデタ以後、日本の権力者たちは、国際関係を「弱肉強食」ととらえていたから、常に自分を支持し、日本の対外的国家行動をナビゲートしてくれる〈力〉を求めていた。それが日英同盟の大日本帝国にとっての《主観的》意味。つまり、主権国家としてのアイデンティティの代替物に等しかったわけだ。

だから、日英同盟という(日本にとっての)国際ナビがなくなると、糸の切れた凧のように、支離滅裂な行動を示すことになる。

現代に生きる我々が教訓としなければならないのは、自らの国家としてのアイデンティティをよその強国に負わせるのでなく、〈力〉以外の外交指針もつことであろう。それが、国際社会秩序における〈力から法への発展〉への貢献なのだ。

現代における、主権国家間の秩序は、ひとえに、〈法の支配〉実現にかかっているわけだから、日本の国際的アイデンティティはその〈法の支配〉にいかに、どのように貢献できるか、で図るしかない。

にも関わらず、国際法違反の常習犯、ならず者国家である米国に、金魚の糞よろしくくっついて歩くとはどういうことか。これこそ、《人の世を統(す)べるのは力 power のみ》ということの現れ以外に何ものでもない。これじゃぁ、国際社会から信用も、尊敬もされないよなぁ。特に弱小国から。国連安保理常任理事国入りを大国だけでなく、小国からも反対されるのは無理もない。

このように、日本の主権国家としての対外パーセプションを明確に切り替えておかないと、日英同盟後の国家的漂流の轍をまた踏む危険性があることは、肝に銘じておいたほうがよい。

憶測すれば、日本周辺のたくさんの小国は、日米安保の継続を密かに念じているかもしれない。なぜなら、米国という調教師の手から離れると、日本という野獣国家が暴れだすのではないか、と懸念している可能性があるからだ。

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2005年9月15日 (木)

〈反米愛国〉か〈親米売国〉か

 現在の国論における本当の争点は、〈反米愛国〉なのか、〈親米売国〉なのか、ということです。〈親米愛国〉という立場はありえません。なぜなら、アメリカ合衆国にとって日本国の存在価値は、己の利益、つまり〈米国の国益に合致するかどうか〉だけだから。

 その本音がもっとも露骨に出た例は、粗忽(そこつ)者の小泉氏が、〈日本国〉に対して世界中に赤っ恥をかかせてくれた国連安全保障理事会の常