和辻哲郎

2019年1月 9日 (水)

和辻哲郎のデジタル復刻第一号

 既に11月の弊記事にて予告していましたが、ようやく、和辻哲郎「日本の臣道 アメリカの國民性」のデジタル化・PDFファイル化が完成しました。道草ついでに、下記までお立ち寄り頂ければ幸いです。

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2018年11月 5日 (月)

総じてイギリス人が手をつけないほど悪いことは世の中に一つもない(THE MAN OF DESTINY, BERNARD SHAW, 1898)

 和辻哲郎は、学生時代(東京帝国大学文科大学哲学科在学中)、劇作家ジョージ・バーナード・ショーに、一時入れ込んだ時期があるようです。後年、自分の著作の冒頭に、ショーの喜劇のさわりを引いています。英国風の激辛ユーモアが炸裂していて、これが非常に面白い。ご参考までに記事としておきます。

ジョージ・バーナード・ショー作「運命の人」1895年作(原文はグーテンベルクから)
翻訳(部分訳)和辻哲郎(いま私がデジタル翻刻していますので、ネタバレは少しお待ちを)

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2018年3月 5日 (月)

R.N.ベラーの和辻哲郎論

 以下は、
原題Bellah, R. (1965). Japan's Cultural Identity: Some Reflections on the Work of Watsuji Tetsuro. The Journal of Asian Studies, 24(4), 573-594. doi:10.2307/2051106
邦題〕 R.N.ベラー(勝部真長訳)「和辻哲郎論」
 所収 湯浅泰雄編『人と思想 和辻哲郎』三一書房1973年、pp.69-106
という、先年物故した著名な米国人社会学者ロバート・ベラーの、和辻哲郎を論じたとても面白い論文の感想です。

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2017年12月13日 (水)

古墳は《お墓》ではない?(1)

 表題は意図的に書いてみました。というのも、《お墓》なら、古墳、とりわけ大王あるいは天皇クラスとみなされる全長数百メートルに及ぶ巨大な前方後円墳で、被葬者がいま一つわからん、なんてことが起きる訳がない、と思うのですね。

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2017年5月 5日 (金)

明治維新批判本の盛況と日本史家の反応

 『週刊エコノミスト』2017年5月9日号の書評欄(P.66)に、中世史家今谷明氏が下記の寄稿をされている。

書評 歴史書の棚 「維新批判の著作ブームに 問われる歴史学者の役割」今谷明

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2016年4月25日 (月)

天台本覚論から西田へ、徳川人文主義から和辻へ

・・西田も和辻も、抽象的な意味での「個人」にとらわれた考え方から脱却している点では共通しているが、その中でも、社会的存在として活動している時の、 内面的な心のあり方に焦点を置いたのが、西田の哲学であり、これに対していわば客観的に、人々の社会的な行動の様式の方に関心を向けたとき、和辻の思想となった、といえよう。

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2009年12月19日 (土)

《祀る神》vs.《祀られる神》(2)

五ヶ條ノ御誓文 - Wikisourceを一瞥して欲しい。

 さて、この誓文だが、発布の形式に注目してみると以下のことが言えるだろう。

 天皇が「天神地祇」を祭り、「天地神明」に誓文の内容を誓う形式(木戸の案)である。ところがもともとの福岡孝弟(たかちか)の案では、諸侯が天皇の前で誓う方式だった。しかし、福岡案では、天皇が政治的君主であること(天皇親政)は内外に示すことはできるが、天皇が国家的祭祀の主体であること(天皇親祭)が表明できない。つまり、実施されたこの形式で、「祭政一致」、すなわち、天皇が「天祭」を通して窺った「天意」に即して、国民の公議を取ることが可能となる(坂本多加雄 )。

 ただし、それだけではない。和辻哲郎の記紀神話分析 によれば、神々を三つに分類することが可能であり、それは、《祀る神》、《祀られる神》、《祀り祀られる神》である。この三つの神々の中で、《祀り祀 られる神》が最も尊貴といえる。なぜ、《祀り祀られる神》がその地位が高いか。それは、「神命の通路」だからである。 この視点からみれば、天皇を表象するために、天皇にこの《祀り祀られる神》の地位を与えることが最も合理的と言えるわけだ。

※参照
《祀る神》vs.《祀られる神》

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2007年4月 7日 (土)

論理的に考えること(和辻哲郎)

「他人の考えるところと充分に対決しながら、自分自ら考えてゆくことである」
(深作守文「和辻先生を想う」『理想』三三七号)

和辻史学の評価をめぐって (一) より

さすが、和辻先生。感服致しました。「日本の Weber 」と評しても可なり、か。
m(_ _)m

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2007年3月31日 (土)

鎌倉紀行(2)-掃苔録篇-

 鎌倉は山と海でできている。頼朝が己の根城としたのも頷ける天然の要害だ。その堅く引き締まった一帯の合間を縫って、うねうねと鎌倉街道が走る。

 東慶寺への入り口は、その鎌倉街道に向けて、ひっそりと佇んでいた。近所の円覚寺や建長寺のように大伽藍があるわけでもなく、至って質素で見過ごしやすい。

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2007年3月19日 (月)

鎌倉紀行(1)-掃苔録篇-

 さて、掃苔録とはなにか。大辞林 第二版(三省堂)によれば、

そうたい さう― 【掃苔】
〔墓石の苔(こけ)を掃き清める意〕墓参り。特に、盂蘭盆(うらぼん)の墓参をいう。墓掃除。[季]秋。

 つまり、文人墨客など、知名人の墓めぐりである。

 私が訪れたのは、北鎌倉、東慶寺。詳細はこのリンクを辿って戴きたい。私が実際に確認できたのは、以下である。

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