和辻哲郎

2017年5月 5日 (金)

明治維新批判本の盛況と日本史家の反応

 『週刊エコノミスト』2017年5月9日号の書評欄(P.66)に、中世史家今谷明氏が下記の寄稿をされている。

 書評 歴史書の棚 「維新批判の著作ブームに 問われる歴史学者の役割」 今谷明

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2016年4月25日 (月)

天台本覚論から西田へ、徳川人文主義から和辻へ

・・西田も和辻も、抽象的な意味での「個人」にとらわれた考え方から脱却している点では共通しているが、その中でも、社会的存在として活動している時の、 内面的な心のあり方に焦点を置いたのが、西田の哲学であり、これに対していわば客観的に、人々の社会的な行動の様式の方に関心を向けたとき、和辻の思想となった、といえよう。

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2009年12月19日 (土)

《祀る神》vs.《祀られる神》(2)

五ヶ條ノ御誓文 - Wikisourceを一瞥して欲しい。

 さて、この誓文だが、発布の形式に注目してみると以下のことが言えるだろう。

 天皇が「天神地祇」を祭り、「天地神明」に誓文の内容を誓う形式(木戸の案)である。ところがもともとの福岡孝弟(たかちか)の案では、諸侯が天皇の前で誓う方式だった。しかし、福岡案では、天皇が政治的君主であること(天皇親政)は内外に示すことはできるが、天皇が国家的祭祀の主体であること(天皇親祭)が表明できない。つまり、実施されたこの形式で、「祭政一致」、すなわち、天皇が「天祭」を通して窺った「天意」に即して、国民の公議を取ることが可能となる(坂本多加雄 )。

 ただし、それだけではない。和辻哲郎の記紀神話分析 によれば、神々を三つに分類することが可能であり、それは、《祀る神》、《祀られる神》、《祀り祀られる神》である。この三つの神々の中で、《祀り祀 られる神》が最も尊貴といえる。なぜ、《祀り祀られる神》がその地位が高いか。それは、「神命の通路」だからである。 この視点からみれば、天皇を表象するために、天皇にこの《祀り祀られる神》の地位を与えることが最も合理的と言えるわけだ。

※参照
《祀る神》vs.《祀られる神》

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2007年4月 7日 (土)

論理的に考えること(和辻哲郎)

「他人の考えるところと充分に対決しながら、自分自ら考えてゆくことである」
(深作守文「和辻先生を想う」『理想』三三七号)

和辻史学の評価をめぐって (一) より

さすが、和辻先生。感服致しました。「日本の Weber 」と評しても可なり、か。
m(_ _)m

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2007年3月31日 (土)

鎌倉紀行(2)-掃苔録篇-

 鎌倉は山と海でできている。頼朝が己の根城としたのも頷ける天然の要害だ。その堅く引き締まった一帯の合間を縫って、うねうねと鎌倉街道が走る。

 東慶寺への入り口は、その鎌倉街道に向けて、ひっそりと佇んでいた。近所の円覚寺や建長寺のように大伽藍があるわけでもなく、至って質素で見過ごしやすい。

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2007年3月19日 (月)

鎌倉紀行(1)-掃苔録篇-

 さて、掃苔録とはなにか。大辞林 第二版(三省堂)によれば、

そうたい さう― 【掃苔】
〔墓石の苔(こけ)を掃き清める意〕墓参り。特に、盂蘭盆(うらぼん)の墓参をいう。墓掃除。[季]秋。

 つまり、文人墨客など、知名人の墓めぐりである。

 私が訪れたのは、北鎌倉、東慶寺。詳細はこのリンクを辿って戴きたい。私が実際に確認できたのは、以下である。

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2007年3月10日 (土)

和辻哲郎「日本古来の伝統と明治維新の歪曲について」(2)

 このやうな武将の城、武備によつて権力を誇示する城が、突如として皇居とされ、それが続いてゐる間に、何時の間にか皇居が「宮城」に変質して行つた。・・・。

・・・。京都御所の担つている意味、即ちあくまでも「武備」を持たない、最高のみやびの場所としての内裏の意味は、あまり教へられなかつた。・・・。

・・・。さうゆふ傾向は当時一般の民衆の間にもしみ込んでゐたらしく、この時代の社寺の縁起物語などにはいろいろな形でそれが現はれてゐる。その一つの例として三島明神の縁起を物語る「みしま」をあげることが出来るであらう。この物語のなかに、「四国より民どもあまた、七さいしよ詣でに都へ上りたるが、内裏を拝みまゐらせて、田舎の物語にせんとて」御所の垣外へやつてくる箇所がある。ちやうどその時に、みかどの寵愛を受けてゐる玉王が、前裁の花を見て遊んでゐたのであるが、その姿を垣外から感嘆して眺めてゐた人たちの中の一人が、突然あの上葛を知つてゐると言ひ出し、垣外で声高く議論をはじめた。玉王は築地の側でそれを立ち聞きして、自分が鷲にさらはれて伊豫から阿波へ持つて来られた子であるといふことを初めて知るのである。この描写によると、内裏は垣外から中の見えるやうな、また築地の中にゐて外の往来で話してゐることの聞き取れるやうな、簡素なものであるが、しかしそれにもかかわらず、そこは「拝む」に価する場所であつたのである。

講座現代倫理第十一巻、筑摩書房、昭和34年、所収、p.236

〔参照〕
和辻哲郎の明治維新批判
和辻哲郎「日本古来の伝統と明治維新の歪曲について」(1)

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2007年3月 9日 (金)

和辻哲郎「日本古来の伝統と明治維新の歪曲について」(1)

「維新政府がこの時に紀元節を重大視したのは、決して意味の軽いことではない。それは明治維新が、単なる話し合ひによつてではなく、武力を以て達成されたといふことと関係のある問題である。当時、明治維新の王政復古は、所謂王朝時代への復古ではない。更に遡つて神武天皇への復古であるといふことが、強く主張された。これは実は容易ならない主張だったのである。聖徳太子の憲法とか大宝養老の律令とかに示された天皇統治の理想によると、天皇はあくまでも徳を以て治むべきものであつて、武力の上に立つべきものではなかつた。武力は国を守るに必要であるが、しかし政治の手段とすべきものではなかつた。従つて天皇の立場は幕府の将軍の立場とは本質的に異なつてゐたのである。しかし武力を以て幕府を倒した「武士」たちは、この点を全然理解していなかつた。だから、天皇の統治の理想などを顧みず、神武東征の伝説の主人公、即ち遠征軍の指揮者神武天皇をわが国の建国者として特別に重んずるといふ態度を取ったのである。これは天皇を大元帥として武力の上にかつぎ上げるといふ企てへ真直ぐに発展して行く。天皇が軍隊の最高の指導者であるなどといふ考は、「天子」とか「天皇」とかの考には全然なかったことなのであるが、それを恰も日本の古来であるかの如く国民に思ひ込ませたのは、紀元節を祝日とするような企てに始まつた、明治以後の為政者の仕事に過ぎぬのである。」

講座現代倫理第十一巻、筑摩書房、昭和34年、所収、pp.229-230

〔参照〕
和辻哲郎の明治維新批判
和辻哲郎「日本古来の伝統と明治維新の歪曲について」(2)

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2005年10月12日 (水)

和辻哲郎の明治維新批判

 下記の本に、和辻の明治維新批判エッセイがあります。軽いものですが、核心をついた批判だと思います。

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2005年10月11日 (火)

《祀る神》vs.《祀られる神》

和辻哲郎は、記紀神話を分析して、そこに出てくる神々を三つに分類した。

そこには、《祀る神》、《祀られる神》、《祀り祀られる神》、の三つがいる。そして、この三つの神々の中で、《祀り祀られる神》が最も尊貴であると。

なぜ、《祀り祀られる神》がその地位が高いか。それは、《神命の通路》だからである。

はて、これはどこかで見たような光景・・・。《担ぐ人》、《担がれる人》、《担ぎ担がれる人》、そう、日本における政治権力の構造である。

これについては別途、分析を試みたい。

参考
1)和辻哲郎『日本倫理思想史』上巻、岩波書店 1952年、p.63-76
2)尾藤正英『日本文化の歴史』岩波書店2000年 、p.22-23。

〔註〕下記もご参照を請う。

和辻哲郎の明治維新批判

《祀る神》vs.《祀られる神》(2)

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